white minds 第一部 ―邂逅到達―

第六章「鍵を握る者」2

 一人きりになりたい時に、訪れる場所というものがある。誰も通りかからない、邪魔をされることのない空間など『上』でも『下』でも希有だ。しかもラウジングが出入りできるような場所となるとますます限られる。そのうちの一つである六の回廊の奥で、彼はたたずんでいた。この先には非常時用の「回復室」しかないため、ここまで足を運ぶ者はほぼ皆無だ。
 それでもここに来ることを誰かに気取られてはいけないと、慎重に行動した。特にカルマラに見つかると厄介なので、彼女がアルティードの部屋を訪問しているタイミングを狙った。
 彼女の言葉は彼の気持ちを揺るがす。そうでなくとも考えることはいくらでもあり、どれもが彼の心を乱しかねなかった。精神を集中させようと目を閉じて息を詰めても、余計な言葉ばかりが脳裏に蘇る。腰に下げた短剣の重さが妙に気になり、彼は嘆息した。息苦しく思うのは気持ちのせいだろう。そもそも彼らに呼吸は必要ない。
「ラウジング!」
 その時、背後から名を呼ぶ声が聞こえた。耳にするまで、近づいてくるその存在に気づいていなかった。慌てて振り返ったラウジングは眉をひそめる。真っ白な廊下の向こうから走り寄ってくるのはミケルダだ。気を隠している。
「ミケルダか」
 大きく振られる腕に合わせ、柔らかい狐色の髪が揺れている。いつものほほんとしている垂れた目が、今は焦燥感の色を宿していた。ミケルダがそんな様相を見せるのは、何か知ってしまった証拠だ。一体いつどこでどんな話を耳にしたのかと、ラウジングは顔を曇らせる。カルマラのしつこさとは種類が違うが、ミケルダのお節介もなかなか煩わしい。
「ラウジング、お前、ケイル様から頼まれたって――」
「もう聞きつけたのか」
 いきなり核心に踏み込んでくるミケルダから視線を外し、ラウジングは肩をすくめた。そこまで知られたとなると、ごまかしても意味がないだろう。ラウジングは深緑の髪を耳にかける。
「相変わらず耳聡いな」
「ってことは本当なんだな!?」
 ミケルダは焦っていた。そしてどこか怒っていた。アルティードを裏切ったとでも言いたいのだろうか。ぐっと息を呑んだラウジングは、声を荒げたいのをどうにか堪える。ミケルダとてケイルの仕事を手伝っているというのに、自分は別枠とでも思っているのか。
「ミケルダが何をどう聞いたのか、私は知らないが。ケイル殿から仕事を頼まれたのは本当だ。しかし、どうしてミケルダがそんな顔をする?」
「ラウジングこそ、何でそんなに落ち着いてるんだよ」
「何が言いたい?」
「アルティード様の意志をちゃんと確認したのかって言ってるんだ」
 語気を強めたミケルダの眉間に、かすかに皺が寄る。彼がそんな顔をするところを、久しぶりに見たような気がした。一体何を懸念しているのだろう。大きな動きがある時、上はいつも話し合ってから決断を下している。
「ケイル殿は、アルティード殿にも話をつけていると言っていた。いつもと同じだ。それに、魔族をこのままのさばらせておくわけにはいかない。それは明白だろう?」
 アユリの巨大結界は何のために存在しているのか。どうして今まで彼らは密やかに戦い続けてきたのか。考えるまでもないことだった。今、この状況で、ここが破られるなんてことがあっては終わりだ。そのためにラウジングの力が必要だというのなら、惜しむ意味はない。
「あのなあ、そんな単純な話じゃないってのは……」
「単純? 何が単純なんだ? 何のために私たちは今までやってきた? ミケルダ。お前はずっと下にいるから忘れてしまったんじゃあないか?」
 頭のどこかで、何かが切れる音がする。ラウジングは声を低くした。現状を保つのにどれだけの苦労があったか。絶え間ない努力が続けられてきた結果が、今だ。無論、不確定要素の多いこの状況で後込みするのはわかる。しかし手遅れになってからではまずい。この結界の綻びについて、魔族に知られてはならなかった。そのために様々な犠牲を払ってきたというのに。
「はぁ? 忘れるわけないだろっ。だから人間を巻き込むことになっても、オレは、ずっと黙ってたんだ」
「二言目にはすぐ人間、人間、だな。気持ちはわかるが、しかし私たちが負けたらその人間も終わりなんだぞ?」
 ミケルダは下に染まりすぎたのだと思う。人間たちとの接触が多すぎた。彼らの気は自分たちにも響いてしまう。人間たちの揺れ動く感情を目の当たりにしてしまうと、巻き込みたくないと思うのも当然のことだった。しかしだからといって目的を見失ってしまうのは論外だ。この星を、神界を、宮殿を死守することは、ラウジングたちに託された使命だ。
「それは、そうだけど……」
「ならば彼女たちを野放しにはしておけないだろう?」
「でも、その彼女たちは、魔族ではないんだろう?」
「魔族じゃないとしても、魔族が生み出した存在だ。同じことだ」
 ラウジングは相槌を打った。ミケルダの顔がますます歪むのがわかるが、ここは譲れないところだ。魔族側の事情など、ラウジングの知るところではない。あちらにも色々と派閥があるのだと聞いたことはあるが、それが何だというのだ。いつどこでどのように情報が漏れるかわからないのに、放置などできない。――ケイルの判断は正しい。
「私は行く」
 断言したラウジングは、腰から下げた短剣に触れた。それは先ほどケイルから直々に渡された物だった。今までラウジングが見たどの武器とも違う。軽いのに重みがあるというと矛盾しているが、手にした瞬間染み込んでくる「何か」がある獲物だった。装飾一つない、見た目は地味な物だが。
「これ以上邪魔をしないでくれ」
「ラウジング、その……剣は?」
「エメラルド鉱石の短剣だそうだ。ケイル殿が使ってくれと」
 かすかな躊躇いを覚えたが、しかし嘘を吐くわけにもいかず、ラウジングは苦笑と共に答えた。ミケルダが息を呑むのが伝わってくる。
 その鉱石の名は半ば伝説的な扱いを受けていた。実物を見た者はほとんどいないだろう。鉱石と呼ばれてはいるが鉱物ではなく、得体の知れない黒い固まりなのだという。その真っ黒な石を『加工』することで武器ができあがる。精神を込めた時の威力が他とは桁違いの物だ。精神系や破壊系の技と同等の力を有するという。
「ケイル様が……」
 ミケルダは眼を見開いたまま喉を鳴らす。いまだ信じがたいとその顔は語っていた。そんな武器をケイルが隠し持っていたことへの驚きか、それともラウジングに手渡されたことへの喫驚か。両者かもしれない。大仰に頷いたラウジングは、そのままミケルダに背を向けた。
「ここまでしていただいて、逃げ出すわけにはいかないからな」
「ラウジング!」
 大股で歩き出したラウジングを、ミケルダは追いかけてこなかった。張り上げた声が白い廊下に響くのみ。それも次第に硬い靴音に飲み込まれ、空気へ溶け込んでいった。ラウジングはため息を飲み込む。
「汚れるなら私だけでいい」
 たとえ誰かに恨まれることになったとしても。それでも「負ける」よりはましだった。ラウジングはもう一度短剣の柄に触れ、真っ直ぐ前を見据えた。



 空気の乾いた、爽やかな朝だった。早朝の風が運んできた海の香りが、洞窟内に満ちる。それでもレーナの様子が落ち着かないことに、アースは気づいていた。時折外を見つめては何か考え込んでいる。一見静かな横顔の纏う緊張感は、そこはかとなく彼にまで伝わってくる。
 それでも何があるのかとは尋ねられなかった。ぴんと張り詰めているものを断ってしまうような気がして、声を掛けるのも憚られる。イレイが起きていたらそんな空気にもかまわず話しかけたのだろうが、幸か不幸かうたた寝の最中だ。先ほど目を覚ましたカイキやネオンもすぐに異変を感じ取ったらしく、じっと押し黙っている。
 沈黙に耐え続けてどれくらい経っただろうか。呼吸音さえ妙に意識される痛々しい静寂は、唐突な終わりを迎えた。
「――動いたな」
 レーナの唇がわずかに動く。アースがはっとして顔を上げると同時に、彼女はやおら立ち上がった。尾のような髪の先が揺れて、白い華奢な背を撫でる。トンと乾いた靴音が一つ、岩壁で反響した。
「動いたって誰が?」
 慌ててカイキたちが腰を浮かせる。急な物音にイレイもぱちりと目を開け、慌てて視線を彷徨わせた。アースはイレイの腕をむんずと捕まえながら、おもむろに立ち上がる。問いかけるようなイレイの眼差しを無視し、アースは口を開いた。
「何かあったのか? 気は感じないが」
 気を探ってみても、どこかで動きがあるようには思えない。それでもレーナには確信があるようだった。ゆくりなく頷き、洞窟の外――空の彼方を指さす。
「まだ『上』だからな。しかしもうじき転移で来るだろう」
「上? 何のこと? ねえねえレーナ、誰が来るの?」
「神だ」
 寝ぼけ眼のイレイの方へ、レーナはゆっくり視線を転じた。抑揚乏しくはっきり答える声に、何の感情もこもってはいない。不安も、嘆きも、憤りもない。ただ淡々と事実のみを伝える声音は、いっそうアースの心を波立たせた。先ほどまでの緊張感がまるで嘘のような穏やかさなのも、どこか空恐ろしい。
「神? ああ、あの緑の人ね」
 相槌を打つイレイの手を、アースはつと離す。名前を覚える気はないのだろう。確かラウジングと呼ばれていた、度々リシヤの森にも来ていた男だ。あの手の年齢不詳な者を青年と呼んでいいのかはわからないが、見た目は若い。咄嗟の判断といい、実戦経験は乏しそうだった。
「そう。彼らが来る。……いや、来たな」
 レーナは洞窟外をまた見遣った。頬を縁取る長い前髪が揺れて、彼女の目元を隠す。その分、引き結ばれた唇が余計に目についた。
「早かったな」
 頭が傾けられたおかげで、横顔が露わになる。普段の強気な表情とは違う、現状にはそぐわない儚い笑みを浮かべていた。また胸の奥がざらついて、アースは固唾を呑んだ。この落ち着かない感覚は何なのだろう。どう声を掛けるべきか悩み、彼は瞳をすがめた。単純な問いかけでは、彼女はきっと彼が欲しい答えをくれない。
「これだけの数となると、我々を殺すつもりかな? ――ブルーで行こう」
 アースが言葉を用意するより早く、あっさりレーナはそう告げる。不穏な発言に対して、聞き返す隙も与えない口調だった。彼女の言う通り、複数の気が忽然と現れていた。洞窟のある海岸沿いよりも少し森側に入ったところだ。数は、少なく見積もっても三十以上はいるだろう。それだけでも今までと規模が違うが、他に気を隠している者もいるかもしれない。
「え、ブルーだけどレーナも一緒? やった!」
 両手を挙げて、イレイが無邪気に飛び跳ねる。しかしカイキとネオンは複雑そうだ。レーナがブルーを使う決断をするのは、これで三度目だった。一度目は出会った時。二度目はこの星に来た時。どちらもやむを得なかった。今は同じだけ危険な状況と考えていいのだろう。
「数が多いからな。……身体、アースに任せてもいいか?」
「無論」
 振り向いたレーナが伸ばしてきた手を、アースは即座に捕らえた。白くて華奢な手のひらは、軽く掴まえるだけで折れてしまいそうに見える。こうして触れる時、いつも不思議な心地になる。彼女の実力がまるで幻であるかのような感覚、得体の知れない感情が湧き起こってくる。
「よし、ブルーだな」
 慌てたようにカイキ、ネオンが寄ってくる。森に現れた気は、こうしている間も海側へ近づいてきているらしかった。無駄口を叩いている時間はない。
 意識が統一されると、白い光が目蓋の裏で瞬く。途端、身体の中を流れる精神量が一気に増える錯覚に陥った。本当に錯覚だ。固く目を閉じたアースは、いつの間にか掴んでいた手の感触がなくなっていることを意識した。「ブルー」が成功したらしい。
 目蓋を押し上げても、見える景色は変わらない。だが仲間たちの姿はなかった。アースは自らの胸を叩き、そこに固い防具があることを認識する。見た目が変わっていることを意識する、一番手っ取り早い方法がこれだ。しかしいまだに慣れない。今、ブルーの身体の主導権はアースにあるから、いつもと同じように動けると感じるだけなのだが。
『ここまで来られると数で押される可能性がある。森へ出向こう』
 耳元でふわりとレーナの声がする。この感覚もやはり落ち着かない。彼女が近くに「いる」のは感じられるし声も聞こえるのに、姿だけは捉えられなかった。実に不思議た。ブルーの「中」にいるからだという話だが、それもいまいち理解できない。
「わかった」
 けれども今はブルーの異様さに思考を巡らしている場合ではない。頷いたアースは洞窟を飛び出し、そのまま森へ向かって駆け出した。外から見れば青い髪の男が走っているというところか。
 ふっと体が軽くなったのは風の技が使われたからだろう。精神の主導権はレーナにある。技を使う判断も彼女が行う。彼女は勝手にこちらの動きを予想して補佐してくるので、こういうことも珍しくなかった。いや、彼女には補佐しているという意識すらないのかもしれない。おそらくほとんど無意識に、当たり前のように、そういった技を使用している。ブルーの中でも同じことをしているだけだ。
 彼は海岸沿いの岩を飛び越え、空へ駆け上がるように飛んだ。すると、誰かの呻く声が「中」で響いた。
 身体の主導権を持っていない者にとっては勝手に動かされているような状態だ。だから慣れないと酔う。これがブルーの厄介な点だった。仲間たちが酔わないよう動き方に気をつけていては、まともに戦えない。指摘を受けた限りでは、アースは常人の予想を超える動きをしているらしい。何も考えずに戦闘するとほぼ確実に誰もが酔ってしまった。例外はレーナだけだ。
『下にいる』
 囁きに従って下方を見遣れば、森の影に隠れるようちらちら白い姿が見えた。目視で確認できるだけでも五人。実際はもっと多いはずだ。森の中となると炎の技は使えないので、剣を使う方がいいだろう。そう考えると同時に手の中に剣が現れるのだから、実に恐ろしい。普段彼が使っている、またレーナに調整を頼んでいた長剣だ。彼女が取り出したのに間違いはないが、それがどこからなのかはアースも知らない。
『ねえ、レーナどうするの? 戦うの? 殺さないの? 逃げるの?』
 長剣を握りしめると、脳裏でイレイの声が響いた。声は基本的には「内」にしか伝わらないが、主導権を握るアースの声は外にも漏れるから注意が必要だ。その辺りも調整できるようだが、まだアースは会得できていない。そのためできる限り唇を引き結ぶようにしていた。
『うーん、あちらは殺すつもりでくるだろうからなぁ』
 レーナの返答は曖昧だった。しかしそこにこめられた思いは想像できる。殺したくはない。が、やむを得ない場合は仕方がないと。手に掛けてはいけないと念押しされているのは神技隊だけだった。
「――わかった」
 アースはそれだけ口にする。今後どうするのか、考えるのは止める。まずはこの場を乗り切ってからだ。命を狙われているのなら姿をくらませるのが一番だった。しかし神技隊から離れられない以上、その選択肢は消える。もちろん、逃げるといっても限度がある。だからレーナは受けて立つことを選んだのだろう。こういった戦いに神技隊を巻き込むのは、おそらく避けたいはずだった。
 彼女は注文が多いのだ。目指す地点が高いのだ。
 何度も思ったことを心の中で繰り返す。大概の人はそれを不可能と呼ぶに違いない。無謀な挑戦であると、彼も幾度となく詰問したい気持ちになった。それでも彼女はその道を譲らないとわかってしまったから、意味のない言葉は飲み込む。
「来たぞ!」
 森の中で、誰かが叫んでいる。ざわめくように気が揺らいでいるのも感じ取れる。かなりの数だ。そのまま森へ降り立ったアースは、剣を構えながら走り出した。相手が大人数の場合、一カ所に留まるのは危険だ。接近戦が得意なアースとしては、集中砲火を浴びるような状況は避けたい。
 転がっている巨木を飛び越えると、まず一人。身を潜めていた白い男に向かって剣を振るった。眼を見開いた男の顔立ちを観察しているような暇はない。一撃で十分。この剣ならば、まず間違いなく戦闘不能にすることができる。
 力ない悲鳴を背中に感じながら、アースは駆けた。立ち止まってはいけない。どこからともなくやってきた青い矢は、レーナの張った結界が弾いてくれた。彼女がいると本当に動きにのみ集中できるのが楽だった。無論、彼女の感覚を過信してもいけないのだろうが。
『後方に集団、転移で来た。前方にも来るぞ!』
 その時、警告の声が耳元でした。確かに、突如として背後に複数の気配が現れていた。転移と呼ばれている、瞬間移動が可能な技のせいだ。アースは速度を緩めて歯噛みする。
 レーナの予測に間違いはない。ついで、それまでただ木々が生い茂っていただけのはずの空間に、忽然と白い男たちが姿を見せた。頭からすっぽりと白い布を被った異様な集団だった。彼らは何も口にすることなく、一斉に手のひらを突き出してくる。そこから放たれたのは、信じがたいことに炎球だった。
 アースは舌打ちした。大きく跳躍するも、一部は足下をかすめる。いや、かすめたものは結界が弾いてくれた。しかし無理が掛かったせいで体勢が崩れた。飛び上がったのはいいものの、このままでは白い集団の中に突っ込む羽目になる。
 アースは宙で一回転し、男たちのど真ん中に降り立った。多少の痛みは覚悟して、狼狽える男の肩を踏みつけつつ剣を振るう。まずは周囲の接近を阻み、居場所を確保しなければならない。その動きを風の技が補助してくれた。アースを中心に広がった透明な刃が、目の前にいる白頭巾たちに突き刺さった。くぐもった悲鳴が鼓膜を震わせる。
 ついで勘に任せて背を屈めると、頭上を赤い何かがかすめていった。おそらく炎球だ。それは前方の木々に直撃し、霧散する。硬い木肌が焼ける音と共に、焦げ付いた煙が立ち上った。視界の隅で火の粉が瞬く。
「ちっ」
 右手からさらに迫る炎球は、長剣で叩き伏せた。真っ二つに裂かれた球の一部が弾け飛び、周囲の草に着火する。
「正気かっ」
 こんな森で炎系の技など馬鹿げている。あっという間に火の海になる。――まさかそれが狙いなのか? 男たちの白頭巾を睥睨しながらアースは奥歯を噛んだ。燃え盛る森の中では視界が効かなくなるし、常に結界を張る必要性が出てくる。そうなるとレーナにも負担が生じる。誰にとってもいいことはなかった。
「本当に手段を選んでいないみたいだな」
 背後から近づいてきていた男を、アースは長剣で斬り捨てた。悲鳴が上がり、血しぶきが頬に掛かる。この感覚を久しく味わっていなかった。戦乱を渡り歩いていた時代がずいぶんと昔のことのように思える。呼吸を整えた彼は、つと口角を上げた。
「ならばこちらも容赦はしない」

◆前のページ◆  目次  ◆次のページ◆