white minds 第一部 ―邂逅到達―

第七章「受容と瓦解と」6

「あなたは何者なの? どうして私たちを助けてくれるの?」
 梅花の言葉を受けて、レーナは手をかざした体勢のまま顔を上げた。小首を傾げた拍子に髪が揺れ、ふわりと風に乗る。口元に浮かんだ微笑はそのままに、彼女は悪戯でも企むようにくつくつと笑い声を漏らした。本当に楽しそうだと思えるのは、彼女の気の力なのか。弄ばれているとはまた別の印象を受ける。
 誰もが何度も尋ねた疑問。そこに明確な答えが返ってくるとは思えないが、それでも何らかの返答を期待してしまうのは何故なのだろう。今度こそと思ってしまうのはどうしてなのか。青葉はきつく拳を握り、梅花の隣へ進み出た。水気を含んだ草の潰れる音がする。
「どうしてって? オリジナルたちを守るために来たんだ。当然だろう」
 前半の質問をさらっと無視して、レーナはまた笑った。「オリジナルたち」ということは、他の神技隊も含まれているのか? それともシークレットという意味なのか? わからないが肝心な部分をはぐらかされたことがいっそう気に掛かる。やはり、正体を明かすつもりはないらしい。
「そ、その割にはいきなり襲ってきましたよね?」
 すると眉をひそめたよつきが疑問の声を上げた。そう、青葉もその点が気になっていた。だから彼女たちの意図がわからなかったのだ。襲われて警戒していたら、今度は助けてくれるなど理解しがたい。何か裏があるのではないかと勘ぐってしまう。
「ああ、あれな。守ってるだけじゃあ強くなってもらえないだろう? 危機感を持ってもらわないと」
「ず、ずいぶんあっさりとばらしましたね」
「だってもう十分持ってるだろう?」
 手のひらからこぼれていた光が止まった。レーナはおもむろに立ち上がると、膝についた土を払う。彼女の言わんとすることを、青葉は一瞬読み取れなかった。――危機感。一呼吸置いて瞳を瞬かせると、それはじわじわと自分の内に染み込んでくる。確かに、もう十分という程感じ取っている。切迫感と言っても過言ではない。
 最近になってようやく自覚した。死ぬ可能性がある場所に放り出されていたという事実。それが今後も続くだろうという予測。平穏が消え去ったことをただ嘆いているような状況ではなくなってしまった。青葉たちに必要なのは、がむしゃらにでも命を守るための術だ。
「だからもういいんだ」
 ひらひらと手を振るレーナの双眸が、ちらと青葉にも向けられた。こちらの心境を全て見透かしているかのような真っ直ぐな眼差しから、つい目を逸らしたくなる。この焦燥感も、彼女には筒抜けなのだろうか。自分たちは何もわかっていないのにと思うと歯がゆい。
「死にたくなければ強くなってくれ。ここにいる限り、戦乱からは逃れられない」
「あなたは何を知っているの?」
 梅花が一歩、また前へと踏み出した。だがレーナはそんな梅花を一瞥して笑みを深めるばかりだ。やはり答えるつもりなどなさそうだった。こうしてすぐにはぐらかすから、レーナの話は素直には受け取りがたい。青葉が継ぐべき言葉を探していると、不機嫌顔のアースが近づいてくるのが見えた。静かな足音の中には奇妙な威圧感が滲んでいる。その様を見て、よつきとカエリが少し距離をとった。
「もういいだろう、レーナ。行くぞ。長居してもろくなことにならない」
 ぼやいたアースは立ち止まって大きなため息を吐いた。呆れと憂いと疑念の詰まった気が、青葉には妙にむずがゆく感じられる。レーナはアースの方へ顔を向けてから、ついで空を見上げ人差し指を頬に当てた。
「ああ、そうだな。そろそろ邪魔が入る」
「余計なことをするからだ」
「でもオリジナルたちは大事にしないとな」
「オリジナルか。本当にそっくりだな、紛らわしい」
 二人の会話は相変わらずだった。困ったようなレーナの微笑が眩しい。だがそこで青葉はふと違和感を覚え、首を捻った。何かおかしい。何かが以前と違う。
 だがそれを声に出すことは叶わなかった。頷いたレーナは身を翻すと、渋い顔したアースに駆け寄ってその腕を取る。実に自然な振る舞いだった。よつきが「え?」と声を漏らさなければ、青葉は何も反応できなかったに違いない。はっとした青葉が喉を震わせるのと、レーナがちらと肩越しに振り返るのはほぼ同時。彼女はそのままひらりと左手を振り――次の瞬間には、消えていた。
「あ……れ?」
 影も形も気も残さず、レーナたちの姿は消え去っていた。事態の変化に思考の速さが追いつかない。一体、目の前で何が起こったのか。ただただ唖然として瞬目を繰り返すしかなかった。二人が消えたその足下で、ラフトが身じろぎするのが見える。
「何が、一体、どうなってるんだ?」
 こぼれ落ちた疑問に、無論答えてくれる者などいなかった。谷を吹き抜ける風が薄靄を揺らすばかり。レーナたちがそれまでいた空間を、誰もが凝視していた。今のは幻だったと言われても信じてしまうかもしれない。それくらい呆気ない退場の仕方だ。
「あー間に合わなかった!」
 停止しかけていた思考と時を動かしたのは、突如聞こえたカルマラの声だった。慌てて気を探りながら振り返ると、後方から走り寄ってくるカルマラの姿が見える。前に見たのと変わらず涼しげな恰好だ。あれなら夏の無世界でも快適に過ごせるだろうかとついどうでもいいことを考えるのは、動揺しているせいか。
「カルマラさん」
 隣で梅花が肩をすくめた。これは絶妙なタイミングだと言うべきなのか否か。いや、ひょっとするとカルマラが来ることに気づいたので、レーナたちは去ったのかもしれない。そう考えると「邪魔が入る」という言葉が腑に落ちる。もっとも、今までカルマラの気は微塵も感じ取れなかったのだから、一体何に感づいたのかは定かではないが。だがあのレーナのことだから何でもあり得た。
「ちょっとちょっと梅花、何があったのか教えてちょうだい!」
 ぱたぱた走り寄ってきたカルマラは、梅花の腕を掴んだ。慌てていたらしく短い髪はかなり乱れている。梅花はそっとカルマラの手を引き剥がすと小さく唸った。
「端的に言いますと、魔獣弾に襲われたところをレーナたちに助けられました」
 梅花の簡潔な返答を聞き、カルマラは両手で頭を抱えながら「うーあー」と奇妙な声を上げた。彼女も理解が追いついていないのか、体を傾けた奇妙な体勢で固まっている。その気には後悔と不安と、何故か期待まで入り交じっていて。彼女が何を考えているか推し量るのも難しかった。
「そ、そっか。ってことは、魔獣弾はもういなくなったのよね……?」
「逃げてしまいましたね」
 そう説明した梅花は、倒れているラフトたちへ双眸を向けた。と同時に、その横を無言でレンカが擦り抜けていく。茶色い長い髪が、青葉の視界の端で優雅になびいた。何事かと思ったら、彼女はそのままラフトたちの方へ近づいていった。困惑顔で立ち尽くしているよつき、カエリに一声かけてから、レンカはその場に両膝をつく。
「あの人たちは?」
「――魔獣弾の攻撃を受けたんですが」
 カルマラの視線もラフトたちの方へ吸い寄せられた。そこに倒れた者たちがいることに、今ようやく気づいたらしい。頭から手を離してきょとりと首を捻るカルマラに、やや目を伏せた梅花は答える。途端、「えー!?」という気の抜けた悲鳴が響いた。
「それって一大事じゃない!」
「たぶん、レーナが治していきました」
 両手をバタバタ振って慌て始めるカルマラに、梅花は静かに付言する。「たぶん」なのは、レーナが何をしていったのか梅花も把握できていないからなのか。青葉はもう一度ラフトたちの方を見遣った。レンカは倒れた者たちに手をかざし、じっと様子をうかがっていた。その種の眼差しにはどこか見覚えがある。
「精神を……回復させたのかしら」
「そうだと思います」
 独りごちるレンカに、梅花は先ほどよりも確信のこもった声で同意する。青葉には何のことを言っているのか不明だったが、それでもカルマラには何か通じたようだ。先ほどまでの軽さが嘘のように顔を青ざめさせ、絶句している。ひたすら楽天的だと思っていた彼女もこのような顔をするのだと思うと意外だった。
「嘘でしょ……」
「魔獣弾が奇妙な瓶をミンヤ先輩、たくに触れさせた時、その気が急激に弱まったんです」
「まさか、精神を吸い取ったとでも言うの?」
「そうとしか思えません。レーナもその瓶を渡すように魔獣弾に迫っていましたし」
 真顔になったカルマラが梅花の肩を掴む。青葉は二人の言葉を脳内で繰り返しながら、記憶を掘り起こし眉根を寄せた。ラフトやゲイニに続き、やられていたのはミンヤとたくだったのか。だが、よくあの状況でそれがわかったものだ。梅花にも見えていたはずはないのだが、全て気で感じ取っていたのだろうか? ――彼女はもう、神技隊全員の気を覚えたのか?
「今はたくもミンヤ先輩も、精神が安定しているわね」
 梅花の言葉を裏付けるよう、膝をついたままのレンカが現状を報告する。そうなると、先ほどレーナが「治療」と口にしていたのはそのことなのか? では魔獣弾の黒い技を受けたラフトたちはどうなっているのか?
「ラフト先輩、ゲイニ先輩はまだ衰弱してますが、気は安定してるわ」
 まるで青葉の疑問を汲み取るがごとく、レンカは簡素に付け加えた。とりあえず命に別状はなさそうだとわかり、青葉は胸を撫で下ろす。一瞬脳裏を「死」という言葉がよぎっただけに、どっと肩の力が抜けた心地になった。あの時のぞっと背筋が冷え切る感覚は、もう二度と味わいたくない。
「あの黒い技は、人を衰弱させるんでしょうか……」
「黒い技? ああ、破壊系ね。核を傷つけるからね。そりゃあ弱るわよ」
 ぽつりと呟いた梅花に、手を離したカルマラは当たり前と言った調子で答えた。だが突然『核』と言われても青葉たちには何のことだかわからない。上の常識なのだろうか? それとも宮殿の常識? 梅花の横顔をうかがってみたが、理解はしていない様子だった。ならばやはり上の者だけが知っていることなのか。
「カルマラさん、核って何ですか?」
「え、梅花も知らないの? えーっとえーっとね、精神の本体みたいなものよ。だから核がやられると精神も気も不安定になるの。大事なものなの」
 目を丸くしたカルマラは、またもや頭を抱えて「あーうー」と呻きつつそう返答した。わかるようなわからないような、実に不明瞭な説明だ。しかしその点を突っ込んでみても、明確な理解が得られる気がしない。おそらくカルマラにとっては当たり前のことで、今まで深く考えたこともなかったのだろう。
「……その核の傷って、簡単に治るものなんですか?」
「技の精度にもよるわ。ただ、普通は時間がかかるわねー。人間だとなおのことでしょう」
 躊躇なく言い切ったカルマラに、青葉はつい恨めしげな視線を向けたくなる。そんな技を使う者を相手にしていたのかと、今さらながら考える。そういうことはもう少し早く教えて欲しいものだ。それすらも当たり前だから、青葉たちが知らないとは考えなかったのか。
「――死ぬこともあるんですか?」
「そりゃね。核が傷つきすぎたら死ぬわよ。死ななくても治らないこともあるし」
 一瞬、カルマラの気が薄暗い色を帯びた。あっけらかんとした口調とは裏腹な変化に、青葉は思わず固唾を呑む。「もっと早く言ってください」という一言さえ口にできなかった。他の技とは違うのか。炎でも水でも雷でも、物理的に傷ついた部分がわかれば、治癒の技でどうにかなるのが普通だ。その程度が甚だしいと、それだけの治癒の技が使える者が限られてしまうが。それでも「治らない」のとは違う。あの黒い技――破壊系は、全く別の技なのか。
「そうですか」
カルマラの反応から、触れてはいけない話題だと梅花は気づいたらしい。それ以上問いただすようなことはせず、彼女はレンカたちの方を振り向いた。
「それじゃあラフト先輩たちを早く休ませてあげた方がいいですね。ここは歪みもありますし」
 梅花の提案に、異論を唱える者はいなかった。一人、一人と動き出す仲間たちを見て、青葉はため息を飲み込んだ。



 白い天井、床を反射する光が青みがかって見えるのは、目の前にいる者たちの影響だろうか。そんなことを考えながら、カルマラはおずおずと顔を上げた。息苦しいと思うのは錯覚か。報告が終わってから、椅子に腰掛けたままのアルティードはずっと黙している。考え込むように目蓋を伏せている様からは厳かな何かが感じられた。だがそれだけならこんな風にいたたまれなさを覚えることはない。問題は、この部屋にいるのがアルティードだけではないということだ。
「信じがたいな」
 アルティードの隣、壁にもたれかかるようにして腕組みしているのはケイルだった。ラウジングよりも暗い緑の髪はほとんど黒に等しく、ケイルの象徴の一つとなっている。もう一つ特徴的なのは鼻眼鏡だろう。先の大戦での負傷が原因で体調に波がある彼は、それが視覚の変化として現れるらしい。そこを補う特殊な眼鏡を、彼はいつも手放さないでいる。
「あれだけ探したが見つからなかったというのに、一体今までどこにいたんだ。神魔世界で三ヶ月、音沙汰がなかったのだろう? それが突然姿を見せるとは」
 舌打ちこそしないが、ケイルの口調には苛立ちが見え隠れしていた。それがカルマラには恐ろしい。不機嫌なケイルとアルティードが話をするとろくなことにならなかった。まず、間違いなく、話が長引く。
「傷を癒していたのか?」
「さすがに長すぎるだろう。いくらエメラルド鉱石の剣とはいえ、使い手はラウジングだ。核には達しないぞ」
 首を捻ったアルティードは、ちらとケイルの方へ視線を向けた。その瑠璃色の双眸に非難の色があることを、カルマラは読み取る。ラウジングの実力が不十分であることは誰だって知っていた。それでもラウジングを行かせたのはケイルだというのに。
「不満そうだな、アルティード。事実だ。あの剣は慣れた者でないと使いこなせない」
「ならば何故それを渡した」
「使いこなさなくとも十分に威力があるからだ」
 空気がどんどんと張り詰めていく。ぎすぎすしていく気は、この場にいるだけで毒だ。いっそ逃げ出したいとカルマラは心底祈った。報告は終わったのだからもう自分の役目は終わりだろう。逃亡が許されないのなら、泣いてもいいだろうか。
「大体、あんな物が使いこなせるのはシリウスくらいだ」
 ケイルは鼻眼鏡の位置を正す。アルティードは半ば呆れたように、それでいて諦めたように息を吐いた。折れたのはアルティードの方らしいと判断し、カルマラは内心で落胆する。いつもこれだった。どうもアルティードはケイルには甘い気がする。
「それはそうだな」
「こうなってしまった以上、シリウスを呼び戻すしかないだろう。躊躇している暇はないぞ、アルティード。魔獣弾は、例の瓶を持っていたんだろう?」
 例の瓶。その響きに含まれる苦々しさは、カルマラの心にも染みた。彼女も聞いたことがあった。一部の魔族の間に行き渡っている、精神を吸収して保存する瓶のことだ。まさかそれをあの魔獣弾も持っているとは思わなかった。宇宙とは違い、この星にはたくさん技使いがいる。彼らの精神が狙われたら、効率よく精神を集められてしまうことになる。
「もう少し様子を見るから、宇宙の方をよろしく頼むと言ったばかりなんだがな」
「状況が変わった。仕方がない」
「ころころ判断を変えるなと怒られるぞ」
「あいつは何もなくとも悪態を吐くだろ。同じことだ」
 鼻を鳴らすケイルを横目に、アルティードは苦笑を漏らした。二人にとってのシリウスの印象はそのようなものらしい。カルマラにはぴんと来ない部分だ。確かに皮肉な言動は多いが、面倒見はよいのに。
「しかし、その瓶の餌食になった人間は大丈夫だったのか?」
 不意に、アルティードの眼差しがカルマラへと向けられた。急に話しかけられたことに動揺しつつ、彼女はカクカクと首を縦に振る。
「は、はい! 私は直接見ていないんですが、奪われた精神はレーナが補給したらしく……」
 そこまで口にしたところで、自分が何を伝えようとしているか自覚してぞっとした。その意味がわからないカルマラではない。他人に精神を分け与えるなど、そう簡単にできるものではなかった。技術そのものも問題だが、気の相性もある。だから彼女たちは困っていたのだ。
「信じがたいな」
 先ほどと同じ言葉をケイルは放った。カルマラだって信じたくはなかった。しかし瓶に精神を吸われたはずの者たち、その精神量はろくに減っていなかった。神技隊らが嘘を吐いているわけでなければ、補充されたとしか考えられない。
「破壊系による傷も癒したのだろう?」
「そ、それも私は直接見ていないんですが」
 続くアルティードの問いかけに、カルマラは怖々と答える。そんなことが可能なら、やはり苦労はしない。核の傷を癒すのは、核に触れる行為に等しい。そんなことが容易に可能なわけがない。
「それが本当なら、彼女は転生神級ということになるぞ」
 ケイルの冷たい一言が室内に染み入る。まるで自分が責め立てられているようだと、口をつぐんだカルマラは拳を握った。勝手に視線がどんどん下がっていく。彼女だってできることなら、確かな情報を伝えたかった。こんな曖昧な報告はしたくなかった。
「虚偽は混じっていないだろうな」
 カルマラは歯を食いしばる。彼女だって嘘だと思いたい。神技隊の勘違いだと思いたい。しかし梅花の感覚について、カルマラはある程度の信頼を寄せていた。その察知能力も判断力も、通常の人間の範疇を超えている。そこらの神でも敵わない。
「この数ヶ月でいきなり転生神級? 冗談じゃない」
 吐き捨てるケイルに、それ以上言葉を差し挟む勇気はなかった。梅花の予想通りならば、レーナは姿を消している間にその実力を増したということになる。転生神級の技を使う者など、カルマラはシリウス以外に知らなかった。戦闘能力がどうかは判断できないが、技の精度は同等ということだ。
「そんな奴がこの星で野放しになっていると思うと頭が痛いな」
「まあ落ち着けケイル。ここで焦っては判断を間違うぞ」
 言葉通り頭を押さえたケイルに、アルティードは静かに言い放った。こういう時のアルティードは本当に頼もしい。憂いと決意を秘めた瑠璃色の双眸は、カルマラの心をも落ち着かせる。
「少なくとも彼女は魔獣弾と手を組む気はないのだから、我々にも勝機はある。まず注意すべきは魔獣弾だろう」
「――そうだな。まずは魔獣弾だな。幸いにも神技隊は我々の下にいる」
 ケイルの声がずしりとカルマラの肩にのしかかったようだった。底に沈めておいた罪悪感を刺激されたようで、頭の奥で何かが鳴る。――もし、人間たちに恨まれるようなことになったら。その可能性を考えるだけで心が凍り付きそうになる。彼らは本当に何も知らないのだ。魔族の力についてもわかっていないのだ。それに、ここは宇宙ではない。何かが起こったとしても、逃げ場などない。憎悪の視線を逃れる術はない。
「無闇に人間たちを巻き込むような真似はするなよ、ケイル」
「私もそうしたいところだが、優先事項を間違えては困るなアルティード。ここを守らなければ意味がない」
 ケイルの黒い瞳がアルティードを捉える。確実性を取るのか、より多くの益を目指すのか。二人の意見はいつもここで割れる。ケイルが間違ったことを言っていないのは、カルマラもわかっていた。この星が、ここが守れなければ意味がない。ただ、だからと言って多くのものを切り捨てた時どうなるのか、考えずにはいられない。残念ながらカルマラたちは貧弱な存在だった。鉄の心で全てを貫けるようにはできていない。
 アルティードは、それ以上何も言わなかった。ただ重々しいため息を吐いただけだった。ケイルは壁から背を離し、首を回す。そして「ジーリュにも伝えてくる」とだけ言い残して歩き出した。カルマラは握る手に力を込め、その姿を見送った。

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