white minds 第一部 ―邂逅到達―
第四章「すれ違う指先」3
ストロングの住む家は、シンたちのアパートよりも南の方に位置していた。電車でしばらく揺られた後、駅からさらに三十分ほど歩いたところにある。いや、迷わなければもっと早く辿り着いただろう。住宅街からやや離れたところにひっそりたたずんでいたため、見つけるのに手間取ってしまった。
側に緑化目的の大きな広場があったことも災いした。奇跡的にもあのひどい雨が止んでくれたので助かったが、降り続いていたらさらに難渋した可能性すらある。傘を差す必要はないがまだ雲は重く垂れ込めており、辺りはどことなく薄暗かった。
「ようやく見つけたな」
シンは立ちはだかる建物を見上げた。やや大きめの古びた一軒家だ。今まで無世界で見て来た建物とは趣を異にしている気がするが、建てられた年代による違いなんだろうか。滝から詳しい特徴を聞いていなければ、これが普通の家とは思わなかったに違いない。
「しかし、これが幽霊屋敷か」
滝が苦笑混じりに口にしていた呼び名を、シンはぽつりと呟いてみた。もっと頼りない家を想像していたが、予想は外れた。ざらざらとした鼠色の壁や石の塀には所々蔦が絡みついており、得も言われぬ雰囲気を醸し出している。雨に濡れた門や開きかけた黒い柵を見る限りでも、造りはしっかりしているようだ。そこまで広くはないが庭もついているし、少なくともシンたちの住むアパートよりは立派だった。
隣に立つリンへ一瞥をくれてみたが、どうやら同じことを考えているらしい。その横顔にはわかりやすく「羨ましい」と書かれている。
それにしても、呼び鈴を鳴らしたのに応答がないのには困った。聞こえていないのだろうか。気は感じられないが部屋の一部に明かりが灯されているから、留守ということもないはずなのだが。どうしたものかとシンが眉をひそめていると、ようやく門の向こうで扉がギシッと音を立てた。
「あ、いたいた。突っ立ってないで入ってー!」
重そうな戸を押し開けて顔を出したのは、ミツバだった。シンたちも気を隠していたので、訪れたのが神技隊であるということはすぐに気づいたのだろう。笑顔で手招きするミツバに一礼して、シンは門の中へ足を踏み入れる。リンの靴音も後から追いかけてきた。
「ごめんね、その柵それ以上は動かないんだ。まあ入って入って。ホシワとダンはいないんだけど、滝たちならいるから。あんまり広くはないんだけどさー」
「いえ、十分です」
にこにことした笑顔を振りまくミツバに、シンは危うく硬い言葉を返すところだった。それでもやや笑みがぎこちなくなることは止められず、自分の心の狭さに辟易してくる。シンたちだって、当初とは違い懐にも余裕ができてきたのだから、もう少し広い部屋に引っ越すことも可能だった。しかしそのための準備の時間や手間を考え、現状を維持しているに過ぎない。このところの異変続きで、引っ越すなどますます無理になったか。
「迷わなかった? 見つけづらかったでしょ。ここは元々空き家みたいなものでさー。周りからは幽霊屋敷って呼ばれてたんだって。実は違法者が住み着いていて、人を寄せ付けないために技で脅かしてたんだけど」
シンたちが何故やってきたのかは気にならないらしい。尋ねもせずに家の中に入ったミツバは、そう説明しながら上を見る。つられてシンも顔を上げた。無世界で見かける建物よりも天井が高い。平屋だったのか。変色した壁を見る限りでも、やはりずいぶん古い建物のようだ。
「じゃあ、もしかして先輩たちはその違法者を?」
傘を置いたシンが辺りを観察していると、リンの尋ねる声がよく響いた。先にある廊下へ進んでいたミツバが立ち止まり、大きく頷く。緑の瞳が悪戯っぽく輝いた。
「そう! ここの持ち主も困っていたみたいでさ。違法者を捕まえて事件を解決したら、安く貸してくれるって」
「それでこんな立派なところに住んでるんですね」
「設備は古いよ? でも本当にただみたいな家賃なんだ。幽霊屋敷の噂のせいで借りようって人も他にいないしね。こんな天気だと、噂を聞きつけて探険に来る子どもたちもいないから静かなものだよ」
説明しながら歩き出したミツバは、奥にある大きな扉に手をかけた。その先は居間のようだ。扉が開かれると、ふわりと独特の匂いが流れ込んでくる。ヤマトの長が住んでいた大きな建物を、シンはふと思い出した。本のぎっしり詰まった本棚と、今にも雪崩を起こしそうな書類、机の上に置かれたカップ、それらの織りなすあの独特の空気。
「いらっしゃい。今日は誰かが来るんじゃないかって思ってたのよねー」
広い居間でまず出迎えてくれたのはレンカだった。扉の横に立った彼女は、ミツバが奥に進むのを見送ってから柔和に微笑む。盆の上に乗せられたカップを見て、シンは匂いの中心にあるものの正体を知った。珈琲の香りだ。
「さっすが、レンカの勘は当たるねー」
「でも、それがまさかシンたちとは思わなかったがな」
ミツバが向かった先、ソファに腰掛けていたのは滝だった。後ろに続いたリンが「優雅」とぽつりと呟いたのを、シンは聞き漏らさない。確かに、建物もそうだが、そこはかとなくあちこちから婉然とした空気を感じる。この建物の中だけ時間の流れが違うかのようだ。
「ほらほら、立ってないでそのソファにどうぞ。もらい物というか拾い物だけど」
「幽霊さんが拾ってきてたんだよね」
レンカに促され、シンはそろそろと滝の向かいに座った。隣に腰掛けたリンが「なるほど」と相槌を打つ。つまり、ここの調度品のほとんどは隠れ住んでいた違法者たちがこつこつ集めてきたものなのか。とても盗んでこられるような大きさの物ではないと思うが、どうやって集めたのだろう。
「違うわ、ミツバ。幽霊屋敷に勝手に捨てられていたのを、幽霊さんたちが拾っていたのよ」
ソファの前のテーブルに、レンカはカップを置いていく。よく見ると、鈍く輝く黒いテーブルの表面には、細かな傷が無数についていた。ソファも同様だ。よく磨いて綺麗にしてはいるが、捨てられていたというのも過言ではないのか。
彼らの話を聞くにつれ、今後の参考にできないことは明らかになった。何だか運に見放されているのは自分たちだけではないかという気がしてくる。どうして他の神技隊は偶然よい物件を見つけたりよい仕事に巡り会えたりするのか。自分たちの日頃の行いに何か悪いことでもあるのか?
「でも、こんな話を聞きに来たんじゃあないでしょう? 何かあったの?」
カップを置き終えて盆を抱えたレンカが、小首を傾げて微笑んだ。本題を忘れそうになっていたことを思い出し、シンは背を正す。
「いえ、特別な何かがあったわけではないんですが」
「技使いとしての連携が取れるよう、情報共有が必要かと思いまして。時間があるうちにと思って押しかけてしまいました。すみません」
首を振るシンに続き、リンが簡潔に意図を伝える。抽象的な言葉ではあったが、言わんとしたことは理解してもらえたようだった。滝が悠然と頷いたのが、視界の端に映る。もしかしたら、そのことは彼もずっと考えていたのかもしれない。
「技使いとしての特性把握ってことだな」
「そうです。さすが滝先輩!」
「それはオレたちも考えていたからな。狙ってくるのが青い男であれ誰であれ、一対一の戦いにはならないし」
足を組んだ滝は眉間に皺を寄せる。見慣れた表情だ。するとその隣にぽすんと座ったミツバが、大きな瞳を瞬かせた。
「でもどうするの? ここじゃあ技も使えないよ?」
「実際に使わなくても、聞いておくだけでも違うだろう。オレはミツバが補助系が得意なことも、レンカが精神系使えることも知ってるが、他の奴らはそうじゃないんだぞ。知っているかどうかはいざという時の判断にも影響する」
「それはわかるけど。でもいきなり全部は覚えきれないよ? 大体、ここにいない隊の情報はわからないしさー」
紺色のカップを手に取ったミツバは、それを両手で包み込んだ。ミツバの言うことはわからないでもない。いきなり十何人もの技の得手不得手を記憶しろといっても無理な話だ。たとえ覚えられたとしても、戦闘中に咄嗟に思い出せるかどうかは怪しい。実際に技を使用している姿を見て、「そういえばそうだったな」と記憶を呼び起こすことができるくらいか。
「いきなり全部暗記しろとは言ってない。……ああ、こういう時に梅花がいれば話が早いんだがな」
滝はため息を吐いた。彼の言う通り、神技隊については梅花が一番詳しい。記憶力も良いようだし、各自の特性くらいは把握しているだろう。彼女に確認するのが手っ取り早いのは間違いなかった。
「確かハイスト先輩辺りから、神技隊選抜に関わっていたはずだ」
「よくそんなことまで知ってますね、滝さん」
「うん? ってちょっと待って? ハイスト先輩の時って、梅花って幾つ? ハイスト先輩って、確かフライング先輩の前の前でしょう?」
シンが感嘆の声を漏らしていると、その腕を慌てたようにリンが掴んできた。カップへ伸ばしかけていた手をがくがくと揺さぶられ、シンは顔をしかめる。ちょっと遅かったら珈琲をこぼしていたところだ。
「……梅花が今何歳なのか、オレは知らないけど、ハイスト先輩の選抜って言ったら今から七年くらい前か? 十歳には、なってたと思いたいが」
段々シンは真顔になった。どう控えめに考えても、まだ子どもの頃の話になる。そんな時分から神技隊の選抜に関わっていたとは。いくら梅花の能力が並外れたものだったとしても、にわかには信じがたい。宮殿とはなんて場所なのだろう。
「神童なんて言われるわけね」
手を離したリンも複雑そうな声でそう続ける。揺さぶられた腕へ一瞥をくれてから、シンはちらと滝の様子をうかがった。何がおかしいのか笑いそうになるのを堪えていた滝は、途中で何かに気づいたように片眉を跳ね上げる。そして横目でリンの方を見た。
「まあ、神童も神童だが。それを言ったら旋風も旋風だろう」
突然飛び出してきた単語に、リンは体を硬くした。それから一瞬間を置いて首を捻り、眼を見開く。虚をつかれて思考が停止でもしたのか。彼女は何故かもう一度シンの腕を掴むと、周囲の面々を順繰り見回した。
「え、ちょっと滝先輩。そこでその名前を出します!? シン、何か言った?」
「いや、オレは何も……」
「あの事件の時、ウィンから取りに来たのはリンだろう? 後で長に聞いた」
狼狽えるリンに向かって、滝は何か言いづらそうな口振りでそう告げた。あの事件と聞いても心当たりのないシンは、首を傾げるしかない。しかし当のリンは違ったようで、さらに体が不自然に強ばった。シンの腕を掴む手にも力がこめられる。
「あの事件って……もしかして、あの時のあれですか? あ、もしかして滝先輩も」
「ああ、ヤマトはオレが取りに行った」
怖々と尋ねたリンに向かって、滝はゆっくり首を縦に振る。事件と称されるものなら、シンも耳にしたことくらいはあるはずだが。しかしヤマトとウィンが共に関わっていそうなものは思い当たらなかった。かといって気軽に尋ねるのも憚られ、シンは視線を巡らせる。ミツバは訝しげな顔をしていたし、レンカも不思議そうに瞳を瞬かせていた。わからないのはシンだけではないようだ。
「滝、それは何の話?」
躊躇っているシンよりも早く、レンカが疑問を口にした。滝は気遣うようにリンを横目にしてから、一つ咳払いをする。
「ああ、悪い。奇病の時のことだ。特効薬を取りに行った時に、ちょっと事件があってな」
奇病という響きは、室内の空気を一気に沈鬱なものへと変えた。だから二人とも歯に物が挟まったような言い様だったのか。できる限り掘り起こさないようにしていた記憶を刺激されて、シンは苦い唾を飲み込む。
多くの人間が亡くなった、おそらくは誰もが忘れたい出来事だ。特にシンたちのいたヤマトはその被害が大きかっただけに、傷跡も深い。――いや、一番被害が拡大していたのは確かウィンだったか。そう思い至ってシンははっとした。奇病が流行った時、シンは十二歳だった。
「おい、奇病の時って、それってリンはまだ――」
「ちょっと、計算したら駄目よ! ……あの時、ウィンの長は気が狂ってるとまで罵倒されてたんだから」
リンへ双眸を向けると、慌てて手を離した彼女はぶんぶん首を横に振った。それでもつい数えてしまう。当時の彼女はまだ七歳だったはずだ。そんな少女に特効薬を取りに行かせたとなると、気が狂ってると言われてもおかしくはないだろう。それだけウィンが切羽詰まった状態だったという証拠かもしれないが。
滝がその役目を課せられたのは、若長だったからだろう。既に何度も長の使いとしてあちこち飛び回っていたし、空を飛ぶ速さなら大人も顔負けだった。だからシンたちは何ら疑問を持たなかった。しかし、まさかウィンからもっと小さな子どもが来ていたとは知らなかった。
「考えれば考えるほど、神技隊って恐ろしいところだな」
思わず本音が漏れた。才能の固まりのような人間がごろごろしている。普通の技使いの常識で物事を考えてはいけない。だがそこまで考えたところで、シンはここへ来た目的を思い出した。そんな技使いが集まっているというのに、アースたちには敵わない。この意味をもう少し噛み締めなければ。
「まあ、通常では考えられない人選ってことは間違いないな。しかも隊ごとのバランスは、梅花がしっかり考えているはずだ」
相槌を打ちつつ、滝がそう続ける。そう、きちんと考えられているのだ。だからきっちり個々の特徴を把握できたら、もっとうまく立ち回れるはず。やられる一方ではないと信じたい。
「滝は雷系で、ホシワが土系。ダンが水系でレンカが精神系。僕が補助系。本当だ、ばらばらだね」
「レンカ以外が接近戦向きってところは偏ってるが。でもレンカはかなり広範囲の技も使えるしな」
ぽんと手を打ったミツバに、滝はそう付け加える。なるほど、均整が取れている。各々の能力も高いのだろうし、道理でストロングなどという異名がつくわけだ。それでは自分たちはどうなのかと、シンは考えを巡らせる。彼自身は炎系で接近戦向きという、よくいる技使いの類に他ならない。滝や青葉と比べると中距離も得意な方であると自負してはいるが。
北斗は土系、サツバは水系だから、その点はストロングと同じだ。これには何らかの意図があるのかもしれない。ローラインは特別得意な技の系統はないと言っていた気がするが、遠距離は苦手だと話していた。となると、遠距離向きは――。
「シンは炎系、北斗が土系、サツバが水系だったわよね。ローラインは比較的満遍なくだったっけ? しかもみんな接近戦向きかぁ」
「でもリンの遠距離、広範囲、自由自在なあの風の力は、飛び抜けてるだろう」
俯いてぼやいたリンに、またもや滝が付言する。顔を上げた彼女は何か言いたげに苦笑した。滝は何故リンの技について知っているのか? 胸の奥にずんと重石が置かれたような心地になり、シンは唇を引き結ぶ。口の中の苦さを意識したくなくて、目の前にあるカップに手を伸ばした。まだ冷めてはいない珈琲を含み、舌で転がすように味わう。
「うーん、でも私の風、狭いところには向かないんですよね」
「周りに被害を与えないようにするとなると、勢いが削がれるからだろ?」
「まあ、そうですが。でも滝先輩、よくそんなことまで知ってますね」
肩をすくめたリンは不思議そうに頭を傾けた。滝は「ああ」と気のない声を漏らしてから、ゆくりなく立ち上がる。弾みで音を立てたソファに、不意に窓から陽光が差し込んだ。彼は少しだけ遠い目で、外の方へ目を向ける。
「一度、各地域を回ったことがあってな。その時にたまたま旋風の戦いを見たんだ。確か年上っぽい少年たちを相手にしてたんだが。複数だったな」
「え……? それっていつのことですか!?」
「レンカに会う直前のことだから、六年くらい前か?」
「六年……あああ、もしかして決着つけた時!? あぁ、恥ずかしい、あんなの滝先輩に見られていたなんてっ。――あれは、その、ちょっと近所の暴れん坊に鉄槌を下してみただけでして」
リンは両手で頭を押さえて身を震わせた。「恥ずかしい」と繰り返した彼女は、悶えるのを堪えているように見えた。こういった反応は初めてだ。滝という存在はそんなに彼女の中で大きなものだったのか? それらしい発言は聞いたことがなかった。
「完膚無きまで叩きのめしてたよなあ。なるほどこれが旋風か、ウィンは安泰だなとあの時は感心した」
一方、滝は楽しげに笑っていた。確かに六年ほど前、滝は見聞を広めるためという理由で各地を回っていた。長になればそのような時間が取れなくなるので、その前にという配慮だったと聞く。技使いが多くいるウィンにも足を運ぶのは当然のことだが、リンの姿を見たのは偶然なのだろうか。
何だか居心地が悪くなったシンは、もう一度カップに唇を寄せた。この気持ちは以前にも味わったことがある。普段はできる限り意識しないようにしている、目を背けたいこの感情の名前は知らない。気に表れるなら、きっとそれは冷たくドロドロとした黒いものだ。
「道理で噂になるわけだ」
「もう、忘れてください。お願いします。恥ずかしい」
ひたすら忘れてくださいを繰り返したリンは、途中で諦めたらしく肩を落とした。うなだれながらも、おずおずと紺色のカップを手に取る。横目で彼女を見遣ると、珍しくも落ち込んだように眉尻を下げていた。年齢相応の少女らしく見えると言ったら、彼女に怒られるだろうか。
「はぁ、もういいです。今さらですしね。ええ、あの通り私は遠距離、広範囲、時にねちっこく時に無慈悲な技のたたみ掛けを得意としてまして。だから、常に味方を巻き込む危険性があるんですよね。気をつけてはいるんです」
その時の戦い方はよほどのものだったらしい。やはりリンの実力は折り紙付きということか。彼女が思うように戦えないのは、無世界であったり、状況のよくわからない亜空間内であったりしたことが要因なのだろう。それにしても、ねちこく無慈悲になどと自分で言うところが彼女らしい。そう表現されるとシンも見てみたくなる。
「あれくらいになると、誰なら大丈夫っていうのはオレの口からも言えないが。シンなら平気だろ。多少巻き込んでも大丈夫っていう意味でも」
「え、ちょっと滝さん!?」
リンの戦い振りを想像していると、思わぬ言葉が耳に飛び込んできた。シンはつい声を張り上げる。実力を信頼してもらえるのは喜ばしいことだが、巻き込んでも大丈夫という物言いは聞き捨てならない。顔をしかめ滝へ目を向けると、ミツバとレンカが苦笑いしているのが視界に入った。当の滝は焦る様子もなく余裕の表情だ。
滝はどうしてだかシンと青葉への対応がざっくばらんだし、他の人間に対するものよりも辛辣な言動を選ぶ。何度抗議しても笑って無視されるので諦めてきたが、ここは流していいところではない。すると、それまで渋い顔をしていたリンが吹き出した。
「あはは、そうですか。滝先輩のお墨付きなら心配ないですね」
「おいおい、リン……」
「だってヤマトの元若長の推薦よ? こんなに心強いことはないわ」
軽く片目を瞑ったリンはいつもの調子を取り戻したようで、楽しげにカップへ唇を寄せた。言い返す言葉が見あたらずに、シンは首をすくめる。何のためにここへ来たのか、段々わからなくなってきた。続くミツバとレンカの笑い声が、室内に染み込んだ。