white minds 第一部 ―邂逅到達―

第十章「不信交渉」5

「あ、梅花ちゃんいたいた!」
 人数分の食堂カードを受け取った途端、呼び止める声があった。ミケルダだ。総事務局の受付の前で足を止めるのは許されざることだが、上の者がいるとなれば話は別だろう。梅花がその場で振り返ると、結わえていない長い髪が揺れた。その様を視界の隅に収めつつ、彼女は透明な袋を両手で抱える。中にはカードだけでなく説明事項を記した紙が詰め込まれているため、見た目よりも重い。
「ミケルダさん、お疲れさまです」
 梅花は軽く会釈をした。総事務局員がいる手前、礼儀正しくしておいた方が面倒事にならずにすむ。彼女がじっと待ち受けていると、ミケルダは垂れた目を人懐っこく細めた。小走りで駆け寄ってくる姿に疲労は滲んでいない。
「ここにいるはずだってリューちゃんに聞いてさ」
 梅花の前で立ち止まったミケルダは、局員の方は一顧だにせず軽く彼女の肩を叩く。歩くようにという合図だ。頷いた彼女は白い廊下を進み始めた。局員の耳には入れたくない話題なのだろうか。
「何か用なんですか?」
 わざわざ梅花を探していたということは、ただ話しかけたかっただけという理由ではないだろう。あちこちで駆り出されて忙しいリューに確認するくらいの用件ということだ。梅花が気を隠していなければそんなことをする必要もなかっただろうが。
「ミケルダさんも忙しいでしょうに」
 リューが目を回すくらいとなると、ミケルダの多忙具合は推して知るべし。だからあえて接触しないようにしていたのだが、何かあったのか? するとこちらへと視線を向けてミケルダは笑う。
「用ってほどじゃないんだけど、早めに伝えておきたくてねー。あの毒に対する薬、それらしいのができたよ」
 さらりと告げられたのは予想もしない報告だった。思わず梅花は眼を見開く。まさか、こんな短期間で解析したというのか? ミスカーテや魔獣弾との戦闘からまだ丸三日も経っていない。それだけ上も危機感を抱いているということなのか。
「は、早いですね」
 答える声がかすかに震える。袋を抱え直した梅花は顔をしかめそうになるのをどうにか堪えた。つい振り返りたくなるのは、局員が耳を澄ましているかどうか気になったからだ。おそらくまだ公表されていない話なのだろう。
「これはあんまり口外して欲しくない内容なんだけど。実はやっぱり、昔の奇病と似てるみたいなんだ。だからあの時の薬とワクチンの情報が利用できそうだって。それで案外早かったんだ」
 そこでミケルダは声を潜めた。一瞬耳を疑った梅花は、彼の言葉を脳裏で繰り返す。昔の奇病。あえて「昔」と強調するということは、先日のバインでの怪しい流行病とは違うという意味だ。つまり十五年ほど前にこの世界を一変させた、あの奇病を指しているのだろう。
「――そうなんですね」
 ようやく絞り出した声はかすれていた。抑揚もさらに乏しくなった。あの奇病は多くの大人たちの命を奪っていった。何故か子どもが重症化することはなかったが、それでも被害は甚大だった。梅花はまだまだ幼かったが、それでも周囲が騒然としていたのはよく記憶している。あんな得体の知れない病がどうして急に広まったのかと皆訝しんでいたのだが……ミスカーテの毒とよく似ているということは、つまり、そういうことなのか。
「あれ、病気ではなかったんですね」
 奇妙な流行病がその後繰り返されることはなかった。何故なのかわからなかったが、あれが人工的な毒だったのだとしたら腑に落ちる。一体どこを経由したのかは不明だが、ミスカーテの毒が持ち込まれたと考えるべきだろう。そんな結論に辿り着いてしまうと、つい眉根が寄った。今朝滝が目を覚ましたことでせっかく気持ちが浮上していたのに、にわかに沈み込んでいく。
「うん、そう考えるしかないね。でもおかげで今回の騒動はどうにか沈静化できそうだってさ。ミリカの町をどうするのかって問題は残ってるけどねー」
 突然ミケルダの歩調が遅くなる。それにあわせて速度を落としつつ、梅花は口をつぐんだ。その点に関して彼女に言えることはなかった。あれだけ町の中心が破壊されてしまったとなると、復興には時間がかかるだろう。ミリカの住居は周辺部にあることが多いので、被害に遭ったのは店や公共施設が中心だ。住処が奪われた者が少なかったのは不幸中の幸いと言うべきなのか。
「……そうですか」
 だが生きていればいいなどと軽々しく口にできるものではない。瓦礫の山を思い返すと、答える声まで萎んだ。あれを見た人々は何を思うのだろう。それが怖い。
「神技隊の方はどんな感じ?」
 そこでミケルダは急に話題を変えた。声の調子まで変化した。この空気を払拭したかったに違いない。ミケルダの足取りが軽くなると、白い廊下に響く靴音まで甲高くなる。
「滝先輩が今朝目を覚ましたので、あとは体力や精神力の回復を待つ感じですね。他のみんなもそれなりに順調です。……そうなると、もしかしたら静養室を追い出されるかもしれませんが」
 今の懸念はそこだった。無理やり取り付けた許可は、ともすればすぐに撤回されてしまう。そのため、滝が目覚めたことはまだリューにも伝えていなかった。いずれわかってしまうことではあるが、ほんのわずかな先延ばしだ。その前に食事の融通をもう少し何とかしてもらおうと交渉した結果がこの食堂カードだった。これがあれば宮殿内の食堂が利用できる。期限付きではあるが、質素な簡易食が運ばれてくるのを待つよりはましだろう。
「誰も使わないのに、みんな頭固いからなぁ。わかったわかった、じゃあこれは秘密で」
「そうしていただけると助かります」
「で、梅花ちゃんはそんなものまで用意しちゃったわけだ」
 そこでミケルダはくるりと向きを変える。彼の長い指が指し示したのは、梅花が抱えた袋だった。中が見えないよう両手で抱え込んでいたのだが、彼には見抜かれてしまったか。
「はい。できる限り早い回復には、少しでも栄養のある食事が必要ですから」
 答える声につい苦笑が混じる。今朝から「お腹すいた」「足りない」「肉が食いたい」という文句が静養室の中に溢れていた。朝食は薄いパンに野菜とチーズが挟んであるだけの、きわめて質素なものだった。あんなもの一つでは成年男子たちの胃を満たすことは不可能だろう。
「あーそっか、そうだよねぇ」
 するとミケルダはわかったようなわからないような曖昧な返答をする。そこで梅花は一つの噂を思い出した。上の者は食事を必要としないという『言い伝え』だ。実際ミケルダが食事をとっている姿を見たことがない。
 何事もなければついでとばかりに確認してみるところだが、今はミケルダも多忙だ。余計な時間をとらせるわけにはいかない。ぐっと疑問を飲み込んだところで、廊下の突き当たりまで辿り着いた。ぴたりと足を止めた彼はおもむろに振り返る。梅花も立ち止まった。彼は手をひらひらとさせ、口角を上げる。
「じゃあ梅花ちゃん、また何かわかったら連絡するわ。オレこっちだから」
「……わざわざ探さなくても大丈夫ですよ。ミケルダさんも、忙しいでしょう?」
 また袋を抱え直して首を傾げれば、ミケルダは何故か思い切りため息を吐いた。その気が「わかってないなー」と語っている。何がわからないのか解せずに瞳を瞬かせると、彼は人差し指を立てて軽快に振った。
「あのねー忙しいからこそ梅花ちゃんに会いに来てるんじゃない。辛気くさい、息苦しいところにばっかりいたらオレの精神まいっちゃうから。そこんところわかってよ。ね?」
 輝かんばかりの笑顔を向けられて、梅花は気のない声を返した。またミケルダの癖が出ているらしい。彼は疲労が溜まる一方になると、女性のところに頻繁に顔を出すようになる。それが彼の手っ取り早い精神回復方法なのだそうだ。人と会うと疲れる彼女としては信じがたい話だ。
「あ、梅花ちゃんわかってないって顔してる。あのね、オレは女の子なら誰でもいいってわけじゃないからね? そこ勘違いしないでよ!」
 ミケルダは振っていた手で自らの胸を叩いた。そう言われても今まで見聞きしてきた数々の実績を考えれば「そうですか」とは答えられない。曖昧に頷いた梅花はかすかに苦笑をこぼした。
「わかりました。ではそういうことにしておきます」
「ひどいなぁ」
 確かに女性なら誰でもいいわけではないらしいというのは知っている。皆はその選定基準を容姿だと思っているようだが、実のところは気が占める部分が大きいらしい。気に好みがあるというのは初めて聞く話だが、上の者ならそんなこともあるかもしれないと納得してしまうから不思議だ。もっとも、どんなに気が好みでも男は選ばないというから、やはり見た目も大事なのだろう。
「ではミケルダさん、私もこの辺で。カードをみんなに届けないとお昼の時間になってしまいますので」
「あ、そうだね。食堂が混む前の方がいいね」
 そこで梅花は軽く一礼した。これ以上ミケルダを引き留めるのはまずい。それに彼が指摘する通り、宮殿の者たちが昼休みに入る前に食堂を利用するのが賢い方法というものだった。今の時間帯であればせいぜい子どもたちがいるかどうかというところだ。宮殿の食堂はいきなり何十人もの人間が増えることを想定した作りをしていない。
「じゃあまたね」
 手を振りながら右手へ去っていくミケルダの姿を、梅花は見送った。今後のことを考えないようにと思っても、抱えた袋がそれを許してはくれなかった。



 魔族との戦闘から四日が経った。静養室に突然の来訪者が現れたのは、朝食後のことだった。まだ動けない者たち用の食事を、ちょうど梅花が運び終えたところだ。籠を抱えた彼女がほっと息を吐いたところ、扉をノックする音が部屋の空気を揺らす。
「失礼する」
 向こう側から響いたのは聞き慣れない声だった。気を隠しているのか感じ取ることはできないが、無視するわけにもいかない。訝しく思いつつも「はい」と返事をすれば、扉がゆっくり開く。そこにたたずんでいたのは予想だにしない人物だった。あの青い髪の青年――シリウスだ。
「朝早くからすまない」
「……おはようございます、シリウスさん」
 扉のすぐ傍にいた梅花がどうしても応答する羽目になる。呆然としながらも挨拶を口にすれば、シリウスは何故だか複雑そうな顔をした。気を隠しているせいでその表情の裏にある感情など予測もつかないが、何か用があってここにきたのは確かなのだろう。戸惑いながらも彼女は問いかける。
「あの、先日はどうもありがとうございます。その、何か用ですか?」
 一度礼が言いたいと思っていたところだったのでちょうどよい機会だった。まずは軽く頭を下げてから用件を尋ねれば、後ろから靴音が近づいてくる。この気は青葉だ。振り返るわけにもいかず肩越しにちらとだけ見遣れば、青葉も何故だか微妙な表情を浮かべていた。命の恩人を前にその態度はまずいのではと思うが、それを指摘する空気でもない。梅花が視線をシリウスへと戻せば、彼は小さく首を縦に振った。
「レーナの件で話がある」
 シリウスは端的にそう述べた。「レーナ」という響きが、妙に重たく鼓膜を揺らした。真っ直ぐ向けられた眼差しの強さには、つい気圧されそうになる。青い瞳はさながら深い海のようで底が知れない。彼が気を隠していなかったら一体どうなっていることか。
「話、ですか」
 それは神技隊にではなく、梅花にということだろうか? 自分を見据えてくるシリウスの双眸からはそのように読み取れた。何よりレーナと名指しするところが気に掛かる。
「ああ、そうだ。協力して欲しい」
「それは、どのようなものに対してなのか聞いてからではないと答えられないのですが」
 妙に低姿勢ではあるが、シリウスも上の者。突然物騒なことを言い出す可能性もあった。念のためそう答えれば、シリウスは納得したような声を漏らす。
 室内にいる者たちの視線がじっとこちらに注がれているのは、振り返らずとも感じ取れた。朝食でまだ不在の者もいるが、大体の神技隊は静養室に戻ってきている。これから何が始まるのかと、一気に室内に満ちる緊張感。梅花も胃が押しつぶされそうな心地になる。
「確かにそうだろうな。では単刀直入に言おう。レーナをこちらに引き入れたいから協力して欲しい」
 淡々としたシリウスの声が、全ての音を奪ったかのようだった。耳を疑った梅花は彼の言葉をもう一度胸中で繰り返す。レーナを引き入れたい? 引き入れるとはどういうことなのか? 脳裏をよぎるのがあまりに現実的ではないものばかりで、しばし混乱する。
「あ、あの……聞き間違いでなければ、仲間にしたいから協力して欲しいという風に聞こえるんですが」
「その認識で問題ない」
 一応恐る恐る尋ねてみたが、即座に首肯されてしまった。梅花はますます当惑した。あまりの忙しさで上は恐慌状態にあるのではないか? 気でも狂ったのか? そんな想像までしてしまう。
 上はレーナのことを快く思っていなかったはずだ。できることなら排除したいと思っていたはずだ。ラウジングとレーナの一戦が思い出されて、胸の奥がじくりと痛み出す。それともそれは一部の者たちの話であって、シリウスは違うのか?
「それは、上の総意という風に捉えてよいんでしょうか?」
 もしもまた上で意見が割れているようであれば、巻き込まれるのはまずい。その思いから咄嗟に聞き返してしまったが、かなり失礼な問いだったのではないかと気づき梅花は内心で慌てた。上の者の機嫌を損ねるのはこの場合どう考えても得策ではない。するとシリウスは小さく感嘆の吐息を漏らした。それがどういう意味なのか図りかねていると、さらに苦笑が続く。
「なるほど、苦労してきたわけだな」
「あ、あの……」
「総意かと言われると悩ましいところだ。他の奴らを納得させるだけの条件を揃えなければならない。そのためにも協力して欲しい。もちろん、私がこうして動くことに対しては同意を得ているからその点は心配いらない」
 シリウスの言動から、どうやら感心されたらしいと梅花は悟った。それは上の派閥への理解についてだろうか? 誰と誰が敵対しているだとか、誰に最終的な決定権があるのかについてまでは、もちろん梅花は知らない。しかしその均衡が微妙な力でもって成り立っているのは薄々感じ取っていた。一枚岩ではないし、かといって誰かが強い権力を握っているわけでもないらしい。
「つまり、私が協力することで問題が起きることはないんですね?」
 ならば確認したいのはその一点だ。神技隊の仲間たちやミケルダたちに負担がかかるような事態だけは避けたい。背後からは青葉を中心に皆の複雑な気が滲み出していたが、文句を口にする者はいなかった。うまく言葉にならないのだろう。
「それはない。成功しようが失敗しようがお前たちに直接影響はない」
「……間接的にはあるんですか?」
「成功すればお前たちを危険に晒す確率が減る。失敗すれば増える」
 感情のこもらぬシリウスの答えに、部屋の中が一気に静まりかえった。それは影響がないとは言わないのではないか? 顔が強ばるのを自覚しつつ、梅花は怖々と口を開いた。
「そ、それは、かなりの影響だと思うのですが」
「だろうな。この件がどうなろうとお前たちが責任を問われることはないという意味では影響はない。が、今後の魔族の動向を考える上では、重要な話ということだ。お前たちも先日の戦いでわかっただろうが、魔族がこの星に降り立ってしまった。彼らにこちら側の状況が筒抜けとなった可能性が高い。そうなると少しでも戦力が欲しくてな」
 抑揚乏しく語るシリウスの声が静養室の中に染み入った。やはり上の者だ。とんでもないものを投げ込んでくれた。こちら側の状況というのが何を指しているのかは不明だが、またミスカーテたちがやってくる可能性は高いということか。梅花としては上とレーナの諍いが落ち着くのはありがたいことだったが、しかし本当にそんなことが実現するのか? まったく現実感のない話だ。そのような未来など想像できない。
「こちらの力を利用したいのはあいつも同じだろうしな」
 そこまで聞いたところで梅花はふいと思い出す。先日の様子では、シリウスとレーナはどうやら知り合いのようだった。彼女を引き入れる策でもあるのだろうか?
「――協力、というのは私がすればいいんですか?」
 それはほとんど肯定しているような返答に聞こえることだろう。だが梅花にとっては重要な確認事項であった。自分たちに降りかかる危険を減らすと言われたら、さすがに反対する仲間たちはいないだろうが。しかしようやく回復してきた者も多いので、できるだけ最少人数でいきたいところだ。梅花一人が動けばいいのなら、それに越したことはない。
「そうだな、あいつをおびき出せばいいだけの話だからな」
 するとシリウスは即座に頷く。なるほど、『協力』の中身はレーナを呼び出すことだったのか。レーナは何故か神技隊を守ろうとしているので誰でもいいと言えばそうなのかもしれないが、その中でも梅花は一番わかりやすい目印となる。
「わかりました、協力します」
 先日の戦いを考えれば迷いはなかった。自分たちだけでは確実に死が待っている。あのミスカーテが再び現れて町を破壊するようなことがあれば、きっと神技隊はまた駆り出されるだろう。レーナたちを信用してよいのかという点では疑問が残るが、できる限り手を打っておきたいというのはわかる。
「おい、まさか梅花一人で行く気か?」
 そこで不意に肩を掴まれた。ぐいと引き寄せるようにして顔を近づけてきたのは、案の定青葉だ。ここにきてまだ心配だとでも言いたいのか? 梅花としては休める人間にはできる限り休んで欲しいところだ。しかしふと思い直す。万が一何かがあった時、証人が乏しいのは問題かもしれない。それに青葉の体力、回復力であればもう十分な休息はとれているだろう。ついてきてもらう人材としては適任だ。
「……シリウスさん、彼も連れて行っていいですか?」
 梅花は青葉の手を引き剥がしつつ、シリウスへと目を向けた。これで駄目だと断られればそれまでだが、先ほどの発言を思うにおそらく問題はないだろう。瞳をすがめたシリウスは青葉へと一瞥をくれ、また何とも言い難い表情を浮かべた。苦笑にも戸惑いにも似ているが、同時に一種の好奇心がのぞくような眼差しだ。気を隠しているので断定はできないが、そんな印象を受ける。
「それであいつが来なくなるなんてことはないだろう? かまわない」
 シリウスが考え込んだのはわずかな間だった。どうやら彼は目的が果たされればそれでいいという思考の持ち主のようだ。背後で青葉が安堵の息を吐くのが聞こえる。梅花は小さく相槌を打ち、後方を振り返った。
「ということになりましたので。ここを少しの間あけますがいいですか?」
 それはじっと黙り込んでいる仲間たちへの最終確認だった。特に明言はしなかったが、すぐ傍にあるベッドに腰掛けているシンやリンへと自然と視線を向けていた。まだ本調子ではない滝のことを思えば、今一番頼りになるのは彼らだろう。するとそれを読み取ってくれたのか、立ち上がったリンが大きく首を縦に振る。
「わかったわ。何かあったらこっちで対処しておくから。――気をつけてね」
 重々しい沈黙をものともしない明るく堂々とした態度。微笑むリンにつられて梅花も少しだけ頬を緩めた。発言しにくいこの空気での率先とした立ち振る舞いには、何度も助けられている。きっと今までの積み重ねによるものなのだろう。さすがは旋風だ。
 梅花はもう一度頷くと、静かにシリウスの方へと向き直った。彼は先ほどと変わらぬ涼やかな顔で「では行くぞ」とだけ告げた。

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