white minds 第一部 ―邂逅到達―

第八章「薄黒い病」4

 バインの町を訪れるのは初めてのことだった。宮殿から『ワープゲート』を使用したため迷うことはなかったが、それでも見慣れない町並みにはどうしても緊張する。ジュリは意識的に深呼吸をした。町の中心から真っ直ぐ延びる大通が特徴的なのがバインだ。そのうちの一本を、ピークスの五人はゆっくりと進む。
「いやぁ、バインはずいぶん家が多いですね」
 先頭を行くよつきの歩調はのんびりしたものだった。あえてなのだろう。ジュリも念のため周囲へ視線を配りながらその後を追った。一見したところは平穏そのものだが、油断はできない。
 コブシ、たく、コスミが彼女からやや距離を置いているのは、先ほどの宮殿でのやりとりのせいだろうか。三人の横顔もちらりと確認しつつ、ジュリは口を開く。
「一番人口が多いという話ですからね。あ、人口密度でしたっけ?」
「ジュリはよくそんなことまで覚えていますね」
「いえ、たまたまです」
 ヤマトの山脈、リシヤの森、ナイダの谷に挟まれた形のバインは、主な居住区が町の中心に集まっている。中心部から放射状に伸びる大通に沿って各種施設が充実している作りで、面白いなと思った記憶があった。
 ウィンに慣れ親しんだジュリにとっては新鮮だったのだ。大河に沿ってなだらかに広がるウィンは、北は宮殿やヤマト、東はイダー、南はアールといったように大きな町に面しているため、各方角に主要施設の支部が点在しているような状況だ。ジュリがよく赴いていたのは通称『大河支部』と呼ばれる最西端のものだ。
「バインはウィンとはずいぶん違うなと思った記憶があるので、印象的だったんです。アールはどうなんですか?」
「え? ああ、アールはウィンと似た感じじゃないでしょうか。ほら、大河沿いにあるというのは同じですし」
 そう言われてジュリはなるほどと相槌を打つ。ウィンよりもやや南東に位置するアールは、地理的な条件としてはウィンと酷似している。ならば町が同様の作りになっていてもおかしくない。気候も比較的似ていると聞いたことがあった。
「そうかもしれませんね」
 ジュリ自身はアールに出向いたことはない。だが仲の良い知り合いの中には、頻繁にアールに遊びに行く者もいた。思い返せば、そんな話をしていた気がする。
 そんな当たり障りのない会話を交わしながらも、周囲を警戒するのは怠らなかった。怪しい気がないかどうかも注意している。けれどもやはり平和そのものにしか見えなかった。ごくごく普通の生活が営まれているようだ。買い物籠を持った女性や、走り回る子ども、急ぎ足の男性の姿が目立つか。表情まで注意深く観察してみたが、取り立てて不安を感じている様子もなかった。
「特に何もありませんね」
 よつきも同様の感想だったようで、気の抜けた声を漏らしている。困惑気味に金の髪を掻く姿にもそれは表れていた。ジュリが頷きながらもう一度後ろを振り返ると、長いスカートの裾が足に絡みつく。最近は戦闘を意識してスカートを止めていたので、何だか懐かしい気持ちになった。見知らぬ町での調査ということで、あまり目立たぬような恰好に着替えたためだ。持っていたのは無世界で買った服ばかりだったが、その中でも神魔世界のものに近いのを選んだつもりだ。
 いつでも戦えるように、いつでも動けるように。そんな風に考えながら生活する日が来るとは予想もしなかった。神技隊に選ばれた時も考えなかった。違法者を捕まえるのと、いつどこから襲い来るとも知れぬ敵に備えるのでは話が違う。自分の日常が一変してしまったことを自覚しないわけにはいかなかった。この平穏な世界から自分たちだけ浮いてしまった心地になる。
「皆さん、思ったよりも元気そうです。まあ、技が使いにくくなる程度の症状ですからね。技使いでもなければただの風邪ですか」
 よつきの独りごちる声が周囲の喧噪に飲み込まれていく。『奇病』と捉えているのは技使いくらいなのか。その他の人間にとっては普段の風邪と何ら変わりない。慌てているのも技使いだけ。バインに技使いが集まっていたかどうかは記憶にないが、この反応を見る限りあまり多くはなさそうだった。その分、情報が集めにくいのが厄介なのかもしれない。感染経路がわからないのもそのせいなのだろう。たとえば一般人が罹患していたとしても、それは当人にもはっきりしないのだ。
「……あっ」
 そこで不意に後ろからコスミの声がした。何かに気づいたような声音だった。不思議に思ってジュリが振り返ると、コスミはポケットに手を入れたまま瞳を瞬かせている。
 どうかしたのかと問い返そうとして、ジュリはその理由を察した。コスミは何故だかいつも同じハンカチを持ち歩いていた。白い地に可愛らしい赤い花が刺繍されたものだ。誰かの贈り物だとは思うが尋ねたことはない。おそらく、それが見当たらないのだろう。
「コスミさ――」
 呼びかけようとしたところで、ジュリは息を呑んだ。ぞくりと、何か得体の知れない感覚が背筋を這い上ってきた。理由もわからぬ、とにかく冷たく凍り付くような、腑の底をかき混ぜられたような不快な感覚だった。思わず強ばった顔を解したくてもなかなかうまくいかない。あらゆる言葉が喉の奥へと引っ込んでいく。
 おろおろするコスミに、たくとコブシも気づいた様子だ。よつきの足も止まったようだった。ジュリがどうにか声を絞り出そうとしていると、後ろを振り返ったコスミの肩がぴくりと震える。
「お嬢さん、落とし物ですよ」
 コスミが目を向けた先には、一人の男がいた。いかにも親切そうな調子で手を差し出して微笑む男。特別低くも高くもないその声は実に柔らかだ。それでもジュリは得体の知れない違和感を覚えた。
「これ、お嬢さんのでしょう?」
 コスミへと伸ばされた手の中には、見覚えのある白いハンカチがある。コスミはおずおずと頷いた。
「あ、すみません。ありがとうございます」
 ジュリは胸の前で手を握りながら二人を凝視した。ハンカチを手渡してきたのは、目深に帽子をかぶった痩せた男だった。そろそろ夏が終わるとはいえ黒ずくめの恰好は暑苦しく見える。髪は結い上げてしまっているらしく帽子に隠れてほとんど見えないが、頬に一つこぼれ落ちているのは眩しい程の赤毛だった。ほとんど赤といってもよいかもしれない。
「いえいえ。気をつけてくださいね」
 我知らず息を呑んでいたことを自覚し、ジュリは震える拳をもう一方の手で包み込んだ。鼓動が速まっている。息苦しい。今にも汗が噴き出しそうなこの感覚は一体何なのか。答えを求めて男を見つめていると、彼の視線がふいとジュリの方へ向けられた。吸い込まれそうな黒い瞳。その奥にあるのは――品定めをする者の貪欲な光のように思えた。
「おや」
 男の唇から赤い舌がちろりとのぞく。そこでようやく、ジュリはあることに気がついた。男は気を隠している。それなのに空気ごと揺さぶるような何かが感じられる。ねっとり体に纏わり付くようなこの感覚は、無世界の夏の空気を思わせた。
「ジュリ、どうかしましたか?」
 異変に気づいたらしく、近づいてきたよつきの手がジュリの肩を掴んだ。それにすら過敏に反応してしまい、体が強ばる。何と答えたらよいのかわからず、彼女は唇を噛んだ。目の前のこの男に何かを感じ取ったのは自分だけなのか? それすら問いかけられない。
 ハンカチをポケットにしまったコスミは、そこでようやく奇妙な間が生じていることに気づいたようだった。不思議そうに瞬きしている様子を見る限りでは、妙な感覚に陥ってはいないらしい。コブシとたくも怪訝そうにジュリを見ている。やはり自分だけなのだと悟り、ジュリは喉を鳴らした。
「おかしいなあ。気づかれてしまいました?」
 黒ずくめの男が、にたりと笑った。軽妙な声とは裏腹に、帽子に手を掛ける仕草は不思議と艶めかしい。白い指先がそっとツバを摘み、そのまま胸元へ移動する。帽子の陰からこぼれ落ちるように現れたのは朱色の髪だった。それはどう考えても人間の持つ色とは思えぬもので。髪を染める風習のある無世界でも滅多に見ない、鮮やかな色合いだった。
「これでも結構隠すのは得意なのになぁ。そのための上着まで作ったのに」
 ジュリは息を止めた。鼓動が早鐘のように打つ。これ以上この声を聞いてはいけないと、頭の中で警鐘が鳴り響く。それでも男から目を逸らすことができなかった。彼女の肩を掴むよつきの手に、にわかに力がこもるのがわかる。
「ジュリ」
 問われるように名を呼ばれても、小さく首を横に振るしかできない。ジュリにもわからない。男が何者かなど予想もつかない。けれども一つだけ確かなことがあった。――この男が、普通の人間であるはずがない。
「あなたたち、技使いですね? それもあの時、魔獣弾と交戦していた」
 男の口から飛び出した魔獣弾という名前は、その場を凍り付かせるだけの力を持っていた。それまで怪訝そうにしていたコブシ、たく、コスミも一気に顔を強ばらせる。魔獣弾のことを知る存在。――やはり、この男は魔族だ。
「ああ、そんな顔しないで欲しいな。安心して、今日はここで攻撃するつもりはないから」
 片手で帽子を抱えたまま、男はもう一方の手をひらりと振った。その動きにあわせて黒い長衣が揺れる。全ての動きが滑らかだ。それでいて得体の知れない圧迫感を放っている。ジュリはもう一度固唾を呑み、意を決するよう強く拳を握りしめた。
「あなたは……」
「君たちが察した通りの存在だよ。でも心配しないで、今は何もしないから。ここで暴れたら神に見つかってしまう。それは僕も嬉しくないのでね。君たちだって、死にたくはないでしょう?」
 くつくつと笑いながら投げかけられる言葉の冷たさに、ますますジュリの体は震えそうになる。倒れまいと足に力を込めても、地を踏みしめる足の感覚すら曖昧だ。それでも肩を掴むよつきの手が、かろうじてジュリの支えになっていた。ゆっくりと息を吸い、吐き、平静でいようと努める。
「あなたは何者ですか?」
 尋ねる声はジュリが予想していたよりもしっかりとしていた。その事実が少しだけ、力を与えてくれた。返答を待ちつつじっと男を見据える時間が妙に長く感じられる。通り過ぎていく人々の話し声が遠かった。
「ああ、自己紹介がまだだったね。僕の名前はミスカーテ。プレイン様直属のミスカーテというものです。覚えておいて」
 一見友好じみた笑顔で、男――ミスカーテはそう名乗った。プレインという名前にも、直属という響きにも心当たりはない。しかし彼がそう口にした意味は、漠然とだが予想できた。おそらく、それは強者を意味している。だからあえてここで宣言しているのだろう。つまり彼はこちらを揺さぶりたいに違いない。その思惑に乗ってはいけないと、ジュリはきつく唇を引き結んだ。
「ねえ、そんな顔しないで。大丈夫。慌てなくてもこの星はいずれ戦場になる。人間はみんな死ぬよ。できたらその火付け役になれると嬉しいんだけどなあ。そしたらきっとプレイン様も認めてくれる。そうは思わない?」
 ミスカーテが何を言っているのか、やはりジュリにはわからなかった。人間が死ぬ? ここが戦場になる? それは単なる脅しだろうか? だが魔獣弾、魔神弾のことを思えば、単なる大言ではないだろう。もし次々と彼らのような者が現れたらどうなるだろうか? ミスカーテの言う通り、ここは戦場となるかもしれない。
「何を言ってるんですか……?」
 背後からよつきがそう問うた。震えをどうにか押し込めた声を、果たしてミスカーテはどう受け取ったのか。周囲を通り過ぎる人々が怪訝な視線を向けてきたが、それ以上の違和感は覚えていないようだった。その事実をどう受け止めてよいのか判断できず、ジュリはただただ精神を張り詰めさせる。ミスカーテが本当にここで何もするつもりがないのならいいが。――もしもここで何かが起きたら、きっと自分たちは死ぬ。
「知らないの? かわいそうに。僕らはみんなこの星を目指している。アスファルトの申し子がいくら足掻いたところで無駄だよ。君たちはいずれ死ぬんだ。でもそれまで……そうだね、少しの間くらいは楽しんでもいいんじゃないかな? 僕ももう少しのんびりしたかったところなんだ」
 流暢に話すミスカーテは、言葉の通り面白がっている様子だった。獲物を狙うような双眸とは相容れぬ弾んだ声音が、彼の心境をよく伝えてくる。
 唐突に、ジュリは理解した。彼は楽しんでいるのだ。この狩りを。
「おっと長居はよくないね。神に見つかったら大変だ。それでは」
 突然、ミスカーテは空を見上げた。つられてジュリも天を仰いだが、薄青の空には雲が浮かんでいるばかりだった。それ以上の何かはない。視線を戻せば、ミスカーテは手をひらりと振りつつ帽子をかぶり直している。
「またどこかで」
 踵を返したミスカーテは、上機嫌な足取りで歩き出した。カツカツと小気味よい靴音が石畳に反響する。その背中を、追いかける気持ちにはなれなかった。
 ジュリは張り詰めていた息を吐き出した。ゆっくり視線を落とすと同時に、よつきの手も離れていく。彼女はその場に座り込んでしまいそうになる自分を叱咤して、おもむろに振り返った。
「よつきさん……」
「今のは、魔族、ですか?」
「そうだと思います」
 よつきと顔を見合わせれば、コブシたちが近づいてくる気配がする。三人の気には混乱が満ち溢れていた。それも仕方がないだろう。ジュリは握りしめていた手をそっと開いた。すると困惑と恐怖を滲ませたよつきの声が鼓膜を揺らす。
「ここに、魔族がいるというのは……」
「どういうことなのかはわかりません。ですが先ほどの話を聞く限り、リシヤの森での戦闘を見ていたのは間違いないでしょう。魔獣弾と繋がりがあると考えても差し支えないと思います」
 ジュリは頭を振った。あんな者が意味もなくこのバインにいるはずもない。この奇妙な病は魔族の手によるものなのか? それともこの謎の現象を利用しようとしているのか? あれこれ考えてみても答えは見つからない。それでもこの事実はおそらく一刻も早く上に知らせる必要がある。
「とにかく、まずは宮殿に戻りましょう」
 早鐘のように打つ鼓動を押さえつけるように、ジュリは胸元のシャツを握りしめた。この動揺が静まるには、しばらく時間がかかりそうだった。



 ミスカーテの機嫌がよいことは、すぐに見て取れた。ふらふらとどこかへ出かけたと思ったら、帰ってきた途端ずっとこの調子だ。鼻歌を歌いながら瓶を弄んでいる姿を、魔獣弾はひっそりとうかがう。青い光が明滅する中、白く浮き上がるようなミスカーテの笑顔は実に妖艶だ。
 上機嫌な理由を尋ねてもよいものかどうか、魔獣弾には推し量れなかった。この高位なる魔族の考えることは、魔獣弾には掴めない。自分たちの思考の及ばないところに立っている男だ。ごく当たり前の問いかけすら機嫌を損ねる結果にもなりかねなかった。だから魔獣弾は座り込んだまま、ただひたすら時が流れるのを待つ。
「人間の技使いに気づかれました」
 ミスカーテが口を開いたのは、それからしばらく経ってからのことだった。あまりに唐突だったため、魔獣弾の反応も遅れた。「えっ?」と間の抜けた声を上げてしまってから、彼は後悔する。しかし幸いなことに、ミスカーテは意に介さなかったようだ。黒い箱に腰掛けたまま、瓶を見つめながら口の端を上げている。
「これだけ気を隠していたというのに、魔族の気配に勘づくなんてなかなかの実力者ですね」
 実に楽しげなミスカーテの横顔に、何と答えたらよいのかわからない。人間の技使いというと、いつも邪魔をしに来るあの人間たちのことだろうか?
 彼らが何者なのか、魔獣弾は知らない。あの腐れ魔族の申し子が気に掛けている技使い、ということしか理解していなかった。厄介な存在ではあるが、彼らの精神が人間としては上質なのも確かで。あの精神を奪うことができたらいいのにと何度も考えた。申し子たちの邪魔さえなければ、もっと効率よく集めることができるのだが。どこに潜んでいるのか、申し子たちはいつも最悪のタイミングで現れる。
「あんな人間がいるとは、さすが地球だ」
 ミスカーテの笑い声が亜空間の中に響いた。余計な口を挟む必要はなさそうだと判断し、魔獣弾はひたすら押し黙る。この星では技使いが生まれやすいという話なら聞いたことがあった。大戦のただ中にあった星なのだから、それも道理だろう。数が多いということは、その分強い技使いも生まれやすい。ミスカーテも理屈としてはわかっていたはずだが、それを実感できたということなのだろう。
「時々もったいないと思うよ。これだけの力を持つ者をうまく取り込めないなんて、実に損してる。だからアスファルトがやったことも、理解できないわけじゃあないんだ」
 しみじみとそう続けるミスカーテに、魔獣弾は首を捻った。アスファルトのやったこと。それはつまり、申し子たちのことか。実のところ、アスファルトが何をやったのか魔獣弾はよく知らない。そこまでの情報は伝わっていなかった。神の知識を利用したという許し難い事実を聞いただけだ。その疑問が気に表れていたらしく、ミスカーテはゆっくりと魔獣弾の方を振り向く。
「わかってないって顔をしているね」
「あの、あの腐れ魔族は一体何を……?」
「彼が何をしたのか、君のような者は知らないんだね。彼は人間の技使い、その遺伝子を利用して『器』とし、そこに魔族や神の『情報』を乗せたんだよ」
 こともなげに説明されて、魔獣弾は顔をしかめた。器という意味も、情報を乗せるという意味も、魔獣弾には理解できない。魔族が魔族を生み出す時は、『核』から情報を取り出し、そこに精神を注ぐ。だがこれがなかなか厄介なもので、大概はうまくいかなかった。取り出す情報が不足しているのか、精神量が足りないのか、それは定かではないが。下位の魔族であればあるだけ失敗する。二人で力を合わせても成功しないことの方が多い。
 これが長年の彼らの悩みだった。だからこそ『半魔族』という方法で、死に行く者を無理にでも引き留めようと足掻いていた。
「これでもわからない? 察しが悪いなぁ。だからそれが、神のやり方なのさ。神は『器』を用意して、そこに核から取り出した『情報』を乗せるんだよ。アスファルトが利用した神の知識っていうのはそれ。その器は本来は何でもいいんだけど……彼は人間を、しかも技使いを利用したんだ」
 呆れ顔のミスカーテは、片手に持った瓶を振りながら付言する。空っぽのはずの瓶の中で、かすかに薄青の光が瞬いたように見えた。
「神のやり方を真似したら、特別な技使いができましたなんて、面白い話だよね」
 魔獣弾は息を呑んだ。理屈としては頭に入ったが、それでもまだ信じられなかった。そんなことが可能なのか? 神の手法を魔族が模倣するなどあってはならないが、それが成功したというのか? 疑問を声に出そうとしても、喉は意味もなく震えるばかりだ。
「そん、な……」
「そんなことが可能かどうかって? その答えが申し子さ。アスファルトはとある人間の技使いの遺伝子を極秘で入手し、そこに魔族と神の情報を注ぎ込んだ。あれを僕ら側の存在と見なすか、神側の存在と見なすか、それとも技使いの派生と見なすかは微妙なところだね。だから未成生物物体とか言われるんだ。その呼び名も、僕は好きではないんだけど」 
 足を組んだミスカーテは、手にした瓶の中をのぞき込む。よく見ればわかる程度の薄青い光が、その中には満たされていた。星々で魔獣弾たちにばらまかれていたような、精神を奪うための小瓶ではないらしい。しかしそれが何であるか尋ねるような気持ちにはなれなかった。それ以上の衝撃が、魔獣弾の中に満ちている。
「まあそういうわけだから、技使いっていうのは君たちが思うより価値があるんだよ。だから僕も研究対象にしていたんだ。ここの神もやるねえ。ああいった技使いを利用するのは確かに賢いやり方だと思う。さすがは神の巣だ」
 敵を褒めながら嬉しそうにする心境は、どうも魔獣弾にはわからない。もしかすると、馬鹿な者を相手にするのが嫌いなのかもしれない。張り合いがないと感じるのかもしれない。そんなことよりも神を打ちのめす方が重要だと思うのだが……口が裂けても言えそうにはなかった。
「だから油断してはいけないよ。なあに、心配しなくてもいずれここは戦場になるんだ。僕らはゆっくり準備をするだけさ」
 瓶に口づけるミスカーテの横顔は、恍惚としていた。魔獣弾はため息を飲み込み、そっと膝を抱え込んだ。

◆前のページ◆  目次  ◆次のページ◆