「前からちょっと聞きたかったんだけどさ。神技隊がもし普通の人間と結婚した場合って、どうなるんだ?」
 よく晴れた早朝。店の準備をしていた青葉は、何気ない振りをしてそう梅花に問いかけた。秋も深まれば朝は寒く、手は冷たく凍えている。
 そんな中でも無表情にテーブルを拭いていた梅花は、唐突な質問に怪訝そうな顔で振り返った。その長い黒髪が揺れて、背中で跳ねる。ひたすら笑顔を浮かべる彼に、彼女は小首を傾げてきた。
「どうもならないわよ、別に。戸籍は捏造してあるんだし」
 だが返ってきた答えは簡潔なものだった。いや、無視されなかっただけ前よりはましだろうか。一瞬だけ固まった青葉は、しかしめげずにさらに口を開いた。
 これで落ち込んでいるようでは彼女の相手はできない。彼が嫌いだから、こんな反応をしているわけではないのだ。
「……あ、そ、そっか。じゃあ、別に神技隊同士で結婚した場合も同じことだよな?」
 これが本来、聞きたいことだった。こちらの世界では結婚という制度があるらしい。つまり神魔世界に帰れない以上は、いつかは向き合わなければならない問題の一つということだ。その後どうするのかとか、どんな生活を送るのかとか。考える際には捨て置けない。
 だから聞いてみたとしても不自然ではないと、そう青葉は自分に言い聞かせた。聡い彼女にも怪訝には思われないはずだ。
「そりゃそうね。前例は多いし」
「お、多いのか!?」
「多いわよ、私が知ってる限りでもかなり。まあ五年も一緒にいればってことなんじゃない? 他にあんまり知り合いはいないわけだし」
 今度は予想外にも嬉しい答えが、彼女の口から発せられた。あっさりとそう言い放った彼女は、何故彼が驚くのかわからないという顔をしている。そんな素直な反応は、ある意味では珍しくて可愛かった。繰り返される瞬きに、目が釘付けになりそうになる。
 確かに、よく考えてみればおかしなことではないだろう。同じ秘密を共有し、共に仕事をした仲間であれば、そこに別の感情が芽生えても不思議ではなかった。落ち着いて考えてみればそうだ。冷静になれば。
「そ、そうか。そうだよな」
 つまり、一般的な話ってことだよな。
 首を傾げる彼女を見て、彼は胸の中だけでため息をついた。彼女はおそらく、自分にもそれが当てはまるということは、ほんの爪の先ほども考えていないに違いない。
 それは一般の話であって、その枠から外れてきた彼女には関係のない話なのだ。少なくとも彼女はそう思っているはずだ。
「それがどうかしたの?」
「あ、いや、別にー。ちょっと気になっただけだから」
 だから彼はへらへらと笑ってそう答えると、すぐさま椅子を並べ始めた。ここで自分の、はたまた彼女の未来については、どう勇気を振り絞ったところで話題には出せない。そこまでにはまだ至っていなかった。
 少しは近づけたと思ったんだけどな。
 再び準備に戻った彼女の背中を、彼はこっそり一瞥した。まだそこに手を伸ばせる日は、すぐには訪れそうになかった。

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