「ねえねえクレ」
「なんだいみやちゃん?」
 それは食堂でのいつもの光景だった。クレの作った夜ご飯を食べて満足した私が、片づけをするクレの袖を引っ張る。
「クレって何でその変な仮面つけてるの?」
「変って」
「変だよ。だって最初見た時は変態だって思ったもん」
 クレは私の部屋に突然やってきたマジシャンだ。黒いシルクハットに黒い変な服、そして極めつけは怪しい仮面。これを見て変態だと言わず、何を変態と言うんだろう。
 何だか成り行きで一緒にいることが多くなった今だからこそ、クレがいい人なのはよくわかる。でも最初見ただけだと怪しすぎる。たぶんその一番の原因が、この仮面だ。
「マジックする時恥ずかしいなら、もっと他の仮面にすればいいのに。もっと格好いいのとか」
「これ格好良くない?」
「全然格好良くない」
 私が断言すると、皿洗いしていたクレの手が止まった。ショックらしい。さすがにまずかったかなあと思って、私は顔を覗き込んだ。
「クレ、大丈夫?」
「みやちゃんは結構はっきり言うよね」
「だって怪しく見えるもん。クレいい人なんだからさ、そんなのつけなくたっていいのに」
 私は一度だってクレの素顔を見たことがなかった。クレは絶対仮面をはずさない。はずすとマジシャンとしてのクレッシェンドじゃなくなるからだって、前に言ってた。
「これはね、師匠がくれた物なんだ。クレッシェンドにって。だからクレッシェンドでいるためにはこれをつけてなくちゃいけないの。わかる?」
 クレは言い聞かせるように微笑んで、小首を傾げた。まるで子どもに言い聞かせるみたいで、ちょっと腹が立つ。確かに高校生のクレから見たら中学生の私なんて幼いんだろうけど。
 私は口をつぐんだ。
 でも、仮面をくれたのがお師匠さんなら、趣味の悪さはそこから始まってるってこと?
 皿洗いを再開するクレを、私は見上げた。もしそうならクレが逆らえるわけないし、尊敬する師匠がくれた物を手放すわけもないだろう。きっとクレはこのままだ。
「でも、絶対いつかは!」
「え? 何? みやちゃん」
「あ、気にしないでクレ」
 私は笑顔でクレの側を離れた。いつかきっとその仮面をはずしてやると、そんな決意を秘めて。

 

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