未来の魔法使いたちへ

第三話 消えた魔法使い

 遺跡調査団が学園を訪れて、今日で三日目だった。授業の合間に窓から外をのぞき見れば、黒いローブを着た集団が校庭の隅に集まっている。彼らがいる場所は珍しく背の高い木が生える、生徒たちにとって憩いの場だった。遺跡の入り口が発見されたのはそのすぐ側らしい。木を枯らさないようなるべく手をつけていなかったから、今まで見つからなかったのだ。
「はい、じゃあ右上の図を見て。これがかの有名な――」
 授業を続けるハスティー先生の声が遠かった。教室へと入ってきた先生は開口一番、発見された遺跡はファリドの研究所だと、断言していた。調査団は来ていても調査は始まってないのだからまだわからないのに。でも彼を研究し続けている先生は信じているのだ。それがファリドのものだって。
「このころ丁度魔法教会は二つの勢力に別れていて、一方をファリド派、もう一方をアーザード派と――」
 私は遠くを見つめた。遺跡の入り口を覗き込む調査団は皆魔法使いたちで、彼らの使った熱気よけの魔法のせいでその周囲は歪んでいる。魔力の少ない私たちと違って使いたい放題なんだろうか。羨ましいと思う一方ですごいと思う。
 やっぱり魔法使いというのはああいう人たちのことを言うのであって、私はとてもじゃないけどそうは名乗れない。ちゃんとした魔法使いになるためにはやっぱり誰かの弟子になるしかないのだ。学園を卒業しただけじゃ、ただ魔法使いを名乗ることを許可されただけで。
「アーザード派の者たちは――」
 喋り続ける先生を、私はちらりと見た。この地方には珍しい白っぽい肌、赤茶色の髪。こうやって授業している姿しか見ていなかったら、ころっと騙されてしまう男の人だっているはずだ。もちろん授業が終わればすぐいつも通りになるのだから、ずっと独り身なんだけれど。
 そうだ、放課後になったら学園祭の準備しなきゃ。
 私は心の中でつぶやいた。それから準備ができないのだと思い出して唇を噛む。調査団の邪魔にならないよう、しばらくは校庭での看板作りは中止だった。他の準備だって滞るだろう。学園祭までそんなに時間もないのに、大丈夫かなと心配になってくる。
「あーあ」
 先生に気づかれないよう、私はため息をついた。進路だってまだ決まってないし、本当憂鬱なことばかりだ。遺跡の話を聞いた時感じた嫌な予感は、ちゃんと当たっていたのだ。あの時感じたのはもっと背筋が凍るような恐怖だったけれど。
 すると突然、古い鐘の音が鳴り響いた。心に平穏を告げる、慣れ親しんだ音が。
「あーもう時間か。じゃあ今日はここまでね」
 先生の告げる声も気のせいか嬉しそうで、生徒たちの上げる伸びの声が教室の空気を緩ませた。
 けれども外ではまだ調査団が立ったままだ。彼らは調査が終わるまで、休みはないのだろうか? それとも何か問題が起きたのだろうか?
「調査団の人たち、まだいるねー」
 同じことを考えていたのか、背中越しにシリーンの声が聞こえた。私はうなずいて振り返る。いつの間にか窓際に立っていた彼女はそこに手を載せていた。その横顔が少し憂鬱そうに見えるのは、私が憂鬱だからだろうか。
「調査終わるまで時間かかりそうだね」
「そうだね」
「この学園どうなるんだろう。校庭全部なくなっちゃうのかな?」
「うーん、遺跡がどんなものかにもよるよね」
 私たちは動かない調査団をずっと見守っていた。早く全てが終わればいいなと、願いながら。



 照りつける太陽を細目でにらみながら、私は学園へと向かって歩いていた。石の敷き詰められた道をひたすら黙って進む。周囲にはぱらぱらと古い家があるだけで、あとはひたすら白い土が広がっていた。この辺は草もまばらで、風が吹いても涼しささえ演出してくれない。
 今日の実技は草原でのいわゆる飛行訓練、つまり簡単に言えばほうきで空を飛ぶ訓練だった。でも実技の中ではこれが一番難しい。憧れではあるけれどかなり難しい。
 魔法使いとして認められずに卒業する人の大半は、この飛行訓練に落ちた学生だ。シリーンは大失敗して地面に体を打ち付け、先に校舎へと運ばれていった。私だって擦り傷だらけだ。浮かぶことはできてもバランスが取れない、思った方向へ飛べない。だから怪我人が続出する。
「血は出なかったから、今日はまあいい方か」
 ローブの袖をまくって、私はしみじみと自分の腕を見た。打撲のしすぎで青くなっているけれど血は出てない。それは生徒の中でも優秀な方だ。
 魔法学園の卒業生は多いけれど、実際魔法使いの称号を持っている人はそれほどいない。そういった見習いのままの人たちはごく初歩的な魔法しか許されていなかった。今の私たちももちろんそう。だから移動は徒歩で、ほうきを使うことは許されていなかった。もっともいいよと言われても使う勇気なんてないけれど。
「足疲れたー」
 飛行訓練のせいで体はくたくたなのに、草原から校舎まではかなりの距離がある。照りつける太陽の暑さに目眩がした。吹き付けてくる風も熱く乾いていて、体中の水分を奪っていってしまう。
 でも後もう少し。
 私は自分を叱咤激励した。見えてきたのは憩いの場である木の天辺。つまり校舎はすぐそこだ。
「あっ」
 だけど私は立ち止まった。校舎の角が見えると同時に、立ちつくす調査団の人たちの後ろ姿が目に入ってきた。人数は六人。今まで何度も見かけたことがあるけれどこんなに近くでは初めてだ。それに最初見た頃よりも人数が減っていた。確か十人近くいたはずだったのに。
「これで四人目か」
「確定だな」
 苦悩のにじんだ声が聞こえてきて、私は思わず息を潜めてその場に座り込んだ。何故そうしたのかわからない。でも聞いてはいけないことを聞いてしまったみたいで、鼓動が早くなっていった。一度ぎゅっと目を瞑り、それでも落ち着こうと努力する。
「入り口傍ならまだ大丈夫よね」
「ええ、私は戻ってきたもの」
「だが奥へ入れば駄目だ」
「ああ、奥にきっと何かがある」
 心臓が、とくりと跳ねた。遺跡の話をしているのだとわかる。けれども何が大丈夫で何が駄目なのかがわからなかった。いや、わかりたくなかったけれど勘づいてしまった。減った調査員。四人目。確定。戻ってきた。頭の中で最悪の想像が描き出される。
「どうする? このまま調査を続けるのは危険よ」
「けれどもこの遺跡を放っておくわけにはいかない。何よりこのまま放っておく方が危険だ」
「じゃあどうするんだ? 上に、相談するのか?」
 彼らは判断に困り言い争っているようだった。ローブの胸元を強く握って私は息を張りつめる。手のひらには汗がにじんでいた。額からもにじみ出した汗が、頬を伝って落ちていく。
「そうするしかないでしょう? これ以上犠牲者を増やすわけにはいかないもの」
「おい、犠牲者なんて決めつけは――」
「だってもう何日もたっているのよ? それで戻ってこないなんて、迷っている、じゃあ説明できないじゃない。確かにこの遺跡は大きいけれども、構造自体は単純なはずだわ」
 座り込んだまま、私は自分の腕を抱え込んだ。体が震えてどうしようもなくなる。
 遺跡の奥に何かがある。そして調査に入った魔法使いたちが四人、戻ってきていない。
 その事実を私は受け入れた。受け入れて、怖くなった。
「先生、ファリドの研究所だって言ってたのに」
 私は泣きそうな声でつぶやいた。
 彼らはきっと上の人たちに相談しに行くのだろう。そうすればますます調査は長引いて、学園祭はなくなるに違いない。
 いや、危険だからと学園そのものが休みになるかもしれないんだ。今年で私たちは卒業だっていうのに。
 どうして? どうしてこんな時にそんな物がこんなところで発見されるの?
 嗚咽を堪えて、私はひたすらうずくまった。相談を続ける調査団の声が遠くなっていく。どうしてこんなに嫌なことばかり続くんだろうと、恨み言がもれそうになった。
「とりあえず、調査は一時打ち切りだな」
 宣言するような声が、冷たく鼓膜を震わせた。

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