マジシャンのいる部屋  「お土産の秘密」

「アレグレット兄さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
 背後から控えめに呼ぶ声があって、俺は振り返った。丁度今日のマジックショーが終わって旅館で一休みしているところだ。他の兄弟子たちは明日のショーのため別室でもう寝てしまったみたいだけれど、俺はあいにく今日までだから平気だった。まだ日付が変わるまで時間がある。
 同じく呼びかけてきたこいつ、クレッシェンドも今日までだった。だから打ち上がりたい気分で高揚してた俺は、いつもマジシャン姿の変な弟弟子にも笑顔を向けた。いつもならお前も浴衣くらい着ろとか文句を言うところだが、今なら何だって答えてやりたいくらいだ。こき使われるのはもう終わりだと思うと嬉しい。
「おーなんだい、クレッシェンド! 俺は今気分がいいからサービスするぜっ」
「確かアレグレット兄さんは、女の子の友達いっぱいいるよね?」
「おーいるいるっ。友だちだけじゃなくて彼女までいるぞ。まーもう卒業しちまったもんだから、毎日会うってわけにはいかなくなるんだけどなあ」
 答えた通り、丁度この春で俺は高校を卒業したばかりだった。もちろん一人前のマジシャンになるべく大学にも行ってない。親は行けってうるさかったけどな。でもそこは師匠が何とか説得してくれた。
「で、それがどうかしたのか?」
「実はさ、お土産を買わないといけないんだけど、何にしようか迷ってて」
「へ?」
 俺頑張る、と心の中で気合いを入れてたもんだから、もう少しでそのクレッシェンドの爆弾発言を聞き逃すところだった。だけど俺の脳はしっかりとそれを受け取った。受け取って理解して、それから先ほどの発言を思いだした。お土産が必要で、その前に出てきたのが女友達のことで。
 そうやって考えていくと一つの可能性に突き当たり、俺はあんぐりと口を開けてのけぞった。驚愕に手が震えそうだ。息まで止まるかと思った。呼吸のペースが何か変だ。
「ア、アレグレット兄さん?」
「ちょっ、おま、それ、つまり、相手、女の子ってことだろっ!?」
「え? ああ、うん、そうなんだけど」
 慌てながらも確認を取ったら、こいつ真顔でうなずきやがった。びっくりだ、本当に心臓止まりそうだった。まさかこいつがそんなこと言い出すなんて思ってもみなかったのに。
 クレッシェンドは俺たち弟子の中でも変わり者で有名だった。シルクハットにステッキ、黒のタキシードという古風な恰好なのは別にいい。だけど、何と言ってもその仮面が問題だった。だって練習中もつけてるんだぜ、こいつは。仮面取ったらかなりの美形のくせに、ずっとそれを隠してるんだ。まあそれでもにじみ出るものがあるけどな。こういう職は結構ミステリアスなのもいいし。
 けれどもそれなのに女と縁がないというのも、クレッシェンドの特徴だった。浮いた話一つないし、当人にもそんなそぶりもない。ひょっとして男色家ではないかという噂もあったくらいだ。まあさすがにそれは全力で否定してたけれど。
「アレグレット兄さん、今あの噂のこと考えてたでしょ?」
「え? ま、まさかー何言ってるんだよ、そんなわけないだろ。やだなークレッシェンドったら」
「……絶対考えた」
 感づかれたらしい。抑揚のない声を出したクレッシェンドは、だけど顔だけは笑ってた。そう、瞳がしっかりと笑ってた。こいつがこんな反応するのは本当珍しいことだ。その相手とやらは相当可愛いんだろう。一目でいいから俺にも会わせてくれないかなあ。どんな子だろうかと俺は勝手に想像を始める。
「まあまあ怒るなってクレッシェンド。それで、お土産に悩んでるんだろ? なーに任せろって。俺そういうの得意だから」
「本当? 頼りにしてるよアレグレット兄さん」
 俺が自分の胸を叩くと、クレッシェンドはほっとしたような顔をした。本当に悩んでいたらしい。確かに、ここらでお土産といったら年寄り向けの漬け物とか飾り物くらいだ。若い女の子が好きそうな物なんてあまり売っていない。しかもこいつはプレゼントとかなんて慣れてないから、どうしたらいいのかわからないんだろう。相手の好みとかもあるしな。
 そんな風に考えていた俺は、いいことを思いついてにやりと口の端を上げた。ならその把握のためにも色々と聞き出さないとなあ。これは仕方ないよなあ。別に好奇心で聞いてるわけじゃあないから、ちょっとくらいいいよな。なあクレッシェンド?
「アレグレット兄さん、顔にやけてるんだけど」
「顔? 俺は元からこういう顔だ。それじゃあ聞くけどクレッシェンド、その相手っていくつだ?」
「え?」
「年だよ年。それによって何がいいかも変わってくるだろう? まさか成人した女性に安っぽいもの渡すわけにはいかないし」
 怪しんできたクレッシェンドに、俺は慌ててそう説明した。そう、全てはお土産のためなのだ。俺の好奇心を満たすためじゃあない。決してそうではない。だから怪しむなよクレッシェンド。
「えっと、確か今14歳だと思うけど」
「14歳!? ってそれまだ中学生じゃねえか!? ……お前ってそういう趣味だったのか」
「そういう趣味ってアレグレット兄さん、そういうんじゃないんだけど」
「まーまー照れなくっていいから」
 俺はクレッシェンドの肩を力強く叩いた。なるほど、年下が好みだったらしい。確かにそれじゃあなかなか出会いの機会なんてなかっただろう。浮いた話がなかったのもうなずける。別に男色家なわけじゃあなかったんだ。
「だったらやっぱり可愛い物がいいんじゃないか? ぬいぐるみみたいなのだったらこの辺だってあるだろうし」
 俺は適当にそう提案すると、クレッシェンドの反応をうかがった。これでその子の性格とやらも把握できるはずだ。今時の中学生なんて、もう色々だもんな。子どもっぽいと吐き捨てる奴もいれば、喜ぶ奴もいる。本当ばらばらだ。
「やっぱりぬいぐるみかあ。好きそうではあるけれど、ちょっと安直な感じがしないかなあ?」
「なーに馬鹿なこと言ってるんだよ。凝った物が喜ばれるとは限らないだろう? ああいうのってのは、中学生にもなれば自分じゃなかなか買えないんだよ、恥ずかしくて」
「そういうものなのかなあ」
「そういうもんなんだよ」
 案の定、クレッシェンドは優柔不断だった。いや、いつだって自信なさそうな顔はしてるけれど、でも今回のは格別だった。渡す相手が相当大切なんだろうなと思うと、俺までにやけそうだ。他人の恋愛ごと程楽しいものはない。自分が関係者でなければなおさらだ。俺はクレッシェンドの肩を掴むと、その耳に顔を近づけた。
「じゃあ仕方ないなあ、ぬいぐるみっぽい物とかどうだ? ほら、枕とか。俺のこと思って眠ってねーみたいな感じで。中学生相手じゃあそういうのも無理だろ?」
「ア、アレグレット兄さん!?」
 悪戯っぽく囁いてやると、あからさまにクレッシェンドは慌てた。わかりやすい反応で結構なことだ。うぶだったんだなあと思うとさらにからかいたい気分になるが、後でひっそりと拗ねられたら困るから止めておこう。あー俺って優しい!
「な、良い案じゃないか? それならこの辺にもあるだろうし、なかなか実用的だぜ」
 俺はクレッシェンドから離れると満面の笑みを浮かべた。無理矢理決めてやるくらいじゃあないと、こいつはお土産なんて選べないだろう。だからこれは俺の優しさだ。決して考えるのが面倒になったわけじゃあない。
「そう、かな」
「そうだそうだ。それに決めちゃえよ。もし明日探していいのがなかったら、また別なの考えればいいだろう? なーに、俺も一緒に行ってやるからさ」
 そう言ってけらけら笑うと、ようやくクレッシェンドも決意したようだった。本当に世話が焼ける弟弟子だ。それでも唯一の年下なもんだから、こうやって相談してくれるのは嬉しいけれど。普段はなかなか頼ってくれないからなあ。
「ありがとう、アレグレット兄さん」
 素直にお礼を言うクレッシェンドを、俺は満足げに見返した。後で結果報告しろよ、という言葉は胸の中にしまっておいた。ま、結局は聞いちゃうんだろうけどな。

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